16Field+ 2012 01 no.7インドで布を触る金谷美和 かねたに みわ / 京都大学地球環境学堂三才学林研究員、 国立民族学博物館外来研究員布を触ることによって、布を作るために職人がこらした技術や工夫を読みとることができます。絞り染めの被り布。カッチ地方では、女性の婚礼衣装として必ず絞り染めの布やサリーが花婿側から贈られ、着用されます。色柄はカーストや宗教によって異なり、これはカトリーのもので、チャンドロカニー(月光)という名称をもっています。括りは主に女性によって担われ、家庭内で行われます。ムスリムのコミュニティ、ガラシア・ジャトの女性たちが祭礼の際に絞り染めの被り布を被っています。触る2インドで染色の職人を調査する 私はインドにおいて染色を生業とする職能集団と、彼らが染色した布の研究をしています。この研究をはじめてから、すでに10年以上になります。布を研究するには、触ることが欠かせません。みなさんも、服を買うとき、好みの色やデザインや自分に合ったサイズを選ぶだけでなく、手で触って肌ざわりを確かめるということをした経験があるのではないでしょうか。触って得られた感触は、着心地を推測することができるだけでなく、布の性質や品質を知る手がかりにもなります。 私の調査地は、インド西部に位置するグジャラート州、カッチ地方です。ここで染色を生業とするカトリーという集団に出会い、調査をはじめました。カトリーは絞り染め、更紗、ロウケツ染めなど集団内で継承されてきた技法を用いて布を染めています。周辺の諸集団は、衣装や寝具など生活に必要な道具として、また儀礼に欠かせない道具としてそれらの染められた布を使用してきました。近年では染色された布は伝統工芸として有名になり、海外のファッションデザイナーからの注文をうける職人も現れています。布に触る親方 私は、いくつかの染色技法のうち、絞り染めの製造を行っている人々の調査を行うことにしました。絞り染めは、生地の一部を糸で固く括り、液体状の染料に浸して染めることで、括った部分が染まらずに残り、模様となるという技法です。縁あって、ある親方の工房で調査をさせていただけることになりましたが、染色は男の仕事であり、男たちは日中忙しく、なかなか調査はすすみませんでした。とりあえず、夕方親方の家に毎日通って、親方の奥さんや子供達とおしゃべりをしたり、また仕事から帰ってきた男たちをつかまえて質問をしたりということからはじめました。 そんなある日、私がその地方の習慣にならい、生地を買って市場の仕立屋で服を仕立てて、着ていったことがありました。親方はめざとく気がついて、私の服の端をつまみ、指でさすって感触を確かめるという独特のしぐさをしました。それから親方は生地の値段や、どの店で買ったのかを聞きました。他人の服を触るという行為に最初はびっくりしましたが、触ることで親方は布の品質を確かめ、適正な値段を推し量っていたのです。 私は木綿や絹といった素材の違いには注意をしていたのですが、うかつなことに、例えば木綿のなかにも様々な種類があるということに気がついていなかったのです。経糸、緯糸のサイズや本数、縒りのかけ方の違いによって、また手織りか機械織りかによって多様な質感をもった布が存在します。当然値段も異なってきます。それまで私は、布を表面的なデザインでのみ観察していたのですが、そのデザインがのせられている布、確固とした物質性をもった布そイ ン ドスリランカバングラデシュブータンネパールカッチ地方アフマダーバードニューデリーコルカタムンバイチェンナイ
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