フィールドプラス no.6
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モザンビーク女性を100としたときの男性の割合Sex Ratio60 - 6970 - 7980 - 8990 - 99>100人口の男女比(濃い色の地域は女性の比率が高い)数世代にわたり移民労働者を送り出している調査地域では現代でも移民労働に出る男性が多い。(1997年のモザンビーク国勢調査による)調査地Field+ 2011 07 no.6モザンビークは独立解放闘争以来、1975年の独立を経て東西冷戦下の代理戦争と言われる内戦が終結するまでの30年間に社会主義を経験し、紛争終結後には急激な経済成長を遂げてきた。この劇的な変化の中で「変わらぬ日常」という一定のリズムを刻み続ける者たち、それが農村の女性たちだ。変わりゆく社会 モザンビークの首都マプトはアフリカ大陸随一の経済大国南アフリカの最大都市ヨハネスブルクと高速道路で直結され、実質的に一つの経済圏を形成している。その結果は1990筆者の聞き取り調査に応じてくれるインフォーマントの女性は農事暦を熟知している。筆者が数年来世話になる調査助手は時々彼女に医薬品を届け、まるで祖母と孫のような関係。共同で雑穀(ソルガム)の脱穀を行う女性たち。子どもをカプラナと呼ばれる綿布で背負いながらの農作業はこの時代から変わらない。出 典: Daniel da Cruz, Em Terras de Gaza, Porto: Gazeta das Aldeias, p.241, 1910.年代以来の経済成長率7%という数値に表れている。経済成長率を引き上げる要素は、紛争期の壊滅的な経済状況からのリバウンドと、2000年に操業が開始された巨大なアルミニウム精錬工場だ。ここで精錬されたアルミニウムは、あなたの家のハイブリッド車に必要不可欠な軽くて丈夫な車体の一部となっているかもしれない。 しかし、この経済成長の恩恵は国民の8割を占める農民には届いていない。マクロ経済成長とはかけ離れた人々の生活するモザンビーク南部の農村、それが筆者の調査地だ。この農村部から南アフリカへは、19世紀以来今日に至るまで数世代にわたって移民が送り出されている。筆者は、その移民と送り出し社会の双方的な影響に関心を寄せてきた。畑での一コマ。子どもを背負うときに使うカプラナはモザンビーク女性の必需品。女性の間では仲間の証にカプラナを贈る。筆者が調査の拠点とする村では水不足のために不作だったので、村人は出先でトウモロコシを譲ってもらっていた。統計には表れない経済活動。「女がいない」データ 移民に関する多くの研究は、もっともなことではあるが、移動する人間に焦点を当てることが多い。受け入れ社会における移民の適応、あるいは受け入れ社会や送り出し社会に移民がもたらす経済的利益が研究の中心だ。モザンビークについて言えば、南部の農村から南アフリカへ移民労働に赴く男性の移動性が注目される。それに対して、移民を送り出す社会は次世代の労働者を生み出す社会的費用だけでなく、退職後の労働者とその家族の老後も含めた社会福祉の費用の一切を負担する空間として副次的に捉えられてきた。 移民に関する政府や企業の記録から移民を送り出す人々の存在を把握するのは容易ではない。記録は物事の変化を捉えて記す傾向が強いため、非日常である人の移動を記録はしても、移動しない人々の日常を記録することは稀だ。調査地に関わる植民地期の行政文書から独立後の行政文書など、公文書館での史料調査を進める中でぶつかった壁は、時代を問わず分析の対象とするデータの中に「女がいない」ということだった。男性世帯主が不在となり、女性と老人と子どもしか残されていない農村で中心的な役割を果たすはずの女性たちの姿が公的な記録からは見えてこなかった。「男がいない」フィールド ところが、文書資料の欠落点を補うためにオーラル・ヒストリーを集めようと聞き取り調査を開始した農村部には「男がいない」。働き盛りの男性の不在が恒常化している農村社会で家計を支えるのは女性たちだ。基盤となる農作業にも様々な形態があり、義理の関係も含めて母娘が共に作業するシブンガ(shibunga)は昔からの日課だ。早朝と夕方、日差しの弱い時間帯に畑を耕し、除草し、食材を持って帰る。赤ん坊がいれば背負いながらの作業だ。作業の合間に背負い紐代わりの綿布カプラナ(capulana)が弛んだのか、「ちょっと貸してごらん」と背負われていた孫を慣れた手つきで取り上げ、背負い直すのに手を貸す。現代も畑で目にする光景はおそらく昔も見られたに違いない。 身内だけでは人手が足りない種蒔きなどは近所の者と共同で行い、労働力を補填し、労働の対価として食事を提供する。この協働形マプト8紛争、社会主義、経済成長非日常の連続の中で「日常」を保つモザンビーク農村女性たちの営み網中昭世あみなか あきよ / 日本学術振興会特別研究員(AA研)、AA研共同研究員

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