フィールドプラス no.6
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[発売][発行]定価500円Feld+東京外国語大学出版会東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所i   電話042-330-5559   FAX042-330-5199〒183-8534東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600    FAX042-330-5610(本体476円+税). 201107no6フィールドプラスビデオの一場面。撮影した部屋が狭く、全身は入らなかったが、なんとか上半身のジェスチャーだけは撮影できた。指示詞(これ・それ・あれ)の用法を調べるためにシベ族の学生4人にジグソーパズルをしてもらって撮影したところ。どのピースを指して指示詞を使っているのかはっきり記録できた。撮影したビデオはELANというソフトで文字に書き起こす。このソフトでビデオの映像は格段に扱いやすくなった。 調査に持っていく鞄の中身は調査の目的に応じて変わるものだが、最近は特にビデオカメラが欠かせない存在になってきた。 私は中国の西北部に位置する新疆ウイグル自治区のイーニンという街でシベ語という少数言語の調査をしている。初めてこの言語を調査した時はこの言語が全く分からなかったので、例えば自分の頭を指差しながら、「これはなに?」という風に尋ねながら単語を一つ一つ聞いたり、あるいは少し進むと「シベ語で『これは私の帽子です』はどう言うか?」というように予め用意した文をシベ語に直してもらったりしていたが、何回か調査に通って少しずつシベ語のことが分かってくると、もっと彼らが日常生活で使っている、「自然な」シベ語を捉えたい、という欲求に駆られるようになった。そんな時に効果的なのが、シ今まで調査に使用してきたビデオカメラ。1台目(右)はテープに記録するタイプだったので、テープが金銭的にも重量的にも大きな負担だったが、最近はHDDに記録できるようになり、様々な面で負担が減った。新疆ウイグル自治区を流れる代表的な河川、イリ河に架かるイリ河大橋(伊犁河大 )。この橋の先はチャプチャルというシベ族の自治県である。ベ語の話者の方に何か自由に話をしてもらって、それを録音・録画する、という方法である。何か自由に、といっても大抵はシベ族の民話や、シベ族の慣習についての話であったり、場合によってはシベ族の料理のレシピを実際に作ってもらいながら説明してもらうこともある。こういう時、彼らの話を即座に全て紙とペンで書き取ることは難しいので、ビデオカメラが活躍する。シベ族の人々は大多数がシベ語の他に漢語(中国語)やウイグル語、カザフ語を操るマルチリンガルだが、彼らの日常の会話に耳を傾けると、シベ語の中に他の言語が織り交ぜられており、まさに生きた言語、という印象を受ける。 撮影したビデオはパソコンに取り込んで、録音した話を文字に書き起こす。筆者の調査に協力してくれたコンサルタントの一家。まず一人で書き起こしてみるのだが、およそ10分程度の録画でも2時間くらいかかってしまう。しかも当然分からない単語が山のように出てくるので、それを話者の方に教えてもらいながら直していく。彼にとっては自分が映っている録画を見ながらの作業は気恥かしいに違いないが、何度か繰り返すうちに慣れてくれたようだ。 ただ録音して書き起こすだけならICレコーダーの方が小さくて、パソコンでも音声だけの方が動画よりファイルサイズも小さく扱いやすいのだが、改めて記録した動画を見ると、そこには私たちが(狭い意味で)「言葉」と呼ぶもの以外に多くの情報が記録されていることに気づく。例えば「これ」「あれ」といった指示詞は多くの場合対象物を指差すという行為を伴っていたり、ものの大きさを表わす時にもジェスチャーが伴うことが多い。また話し手の視線がどこに向いているかというのも重要な情報である。 ビデオカメラを持っていると、調査以外の場でも役立つことがある。例えば、結婚式があるときは、臨時のカメラマンを頼まれることもある。結婚式はみんなで食事をしたり、歌を歌ったり踊りを踊ったり、シベ族の文化を知る貴重な機会でもある。一通り撮影したら、それをVCD(ビデオCD)に記録して新郎・新婦にプレゼントするととても喜ばれる。これは、見知らぬ外国人である自分を受け入れて、親切に言葉や文化を教えてくれる彼らに対する、少しばかりの恩返し、といったところだろうか。34Field+ 2011 01 no.5フィールドワーカーの鞄児倉徳和こぐら のりかず日本学術振興会特別研究員(九州大学)

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