地理的な広がりにもかかわらず、チベット料理には地域的なバリエーションが少ない。チベットの都ラサ、東北チベット、インドの難民社会などどこに行っても、ツァンパ、肉、乳製品、麺、餃子などが食されている。収穫されたハダカムギを軒先で乾燥させているところ。3030ツァンパを食べる人々 料理と言えるのかはわからないが、チベットの主食といえば、「ツァンパ」である。ツァンパというのはチベット語で、「大麦の一種であるハダカムギなどの穀類を炒って粉に挽いたもの」を指す。日本では「はったい粉、麦焦がし」と呼ばれている。大半の居住地が海抜2000mから5000mの高地にあり、気候も寒冷なチベット高原では、このハダカムギが広く栽培されている。チベット人はバターを入れたお茶に、ツァンパ、乾燥チーズ、砂糖または塩を混ぜ、よく練って食べている(地域によっては後からお茶をそそぐ場合もある)。ミネラル豊かで携帯・保存にゴリと呼ばれる東北チベットのパン。ツァンパを練る。も便利、食べ方も簡単なので、普段の食事にはもちろん、旅のお供としても活躍してきた。私はこのツァンパについては忘れられない思い出がある。 2010年の春、調査のため南インドのチベット難民居住地バイラクッペを訪れた時のこと(インド、ネパールを中心に世界各地に難民として生活しているチベット人がいる)。「ツァンパを挽きに行くから一緒に来ないか」という難民2世の友人に誘われ、穀物の入った大きな袋を車に積み、近くの町まで出かけたことがあった。製粉所には、製粉機と、かまどにかけられた大きな鍋が置かれ、数人のインド人が働いていた。チベットチベット餃子「モモ」と南インドの難民3世のチベット人の子供。ミルク麺。ミルクと水で麺を煮て塩で味付けすれば完成!人が持ってきた袋を渡すと、インド人たちがそれを炒って製粉するまでの作業を代行してくれるシステムになっている。ツァンパの製粉過程をしばらく観察していた私はある重大な(?)事実に気付いた。製粉されているものが「大麦」ではなく、「小麦」なのだ。予想外の展開に私はうっかり言ってしまった。「これは小麦を粉にしたものだからツァンパではないのではないか?」と。 私の疑問に対し、友人は堂々と答えた。「小麦を炒って粉にしたのがツァンパだ!」 私はてっきり大麦から作ったものだけがツァンパだと思い込んでいたのだが、実はチベットにも小麦やバイラクッペ青稞奶茶とは「ツァンパ入りミルクティー」のこと。南インドのチベット難民居住地にある製粉所。中華人民共和国アムド地方インドField+ 2011 07 no.6Field+FOODSチベット料理――大麦と小麦からみえてくるもの海老原志穂 えびはら しほ / 日本学術振興会特別研究員(AA研)
元のページ ../index.html#30