彼の家ではトン、トン、トン、トン、と鉈で薬草を切る音がリズムよく響き、薬の良い香りがただよっていた。命の重みを胸に、病気に苦しむ人を助けようと、今日も治療師は薬を作る。天日干し中の薬草。20薬に入れる樹皮を小さく切っているところ。薬小屋の内部。数十種類の薬草が保管されている。チェンマイField+ 2011 07 no.6タイバンコク わたしがタイ北部のチェンマイ県でフィールドワークを始めたのは2005年のことである。調査では主に、民間治療師ネットワークの活動に関するデータを集めるとともに、メンバーの治療師の家に住み込み、彼の日常的な実践を参与観察していた。 わたしを受け入れてくれた治療師は、晴れている日にはたいてい裏庭にある薬小屋で薬を作っていた。彼の家ではトン、トン、トン、トン、と鉈で薬草を切る音がリズムよく響き、薬の良い香りがただよっていた。わたしはバイクの後ろに乗り、よく一緒に山や森へ薬草を採りに行ったが、採ってきた薬草を薬に加工する段になると手伝うことがない。だから、そんなときはせまい薬小屋のすみに座り、治療師が薬を作るのを見ながら世間話をしたり、質問をしたりしていた。 採ってきた薬草は、まず水で丁寧に洗ってから、小さく切って乾燥させる。そうしてできた何種類もの薬の材料をそれぞれ缶に入れて保管しておき、そこから薬方に合わせて必要なものを取り出してきて調合する。薬には様々な形状のものがあるが、例えば粉薬の場合、1つの薬に含まHIV感染者ケアからはじまった本格的な治療実践 北タイの民間治療師たちが世間の注目を浴び、その活動を活発化させ始めたのは、1990年代前半のことである。特にチェンマイ県ではエイズの社会問題化を背景として、HIV感染者のケアにあたる治療師の潜在力が注目され、NGOや知識人などによっていくつかのプロジェクトが実施された。例えば、あるNGOによるプロジェクトでは、エイズをコミュれる薬草は大体20~30種類ほどである。 治療師は外見からでは何の薬草か判別できないときや、古くなっていて品質に自信がもてないときなどには、においをかぎ、少量を口に含んで舌を細かく動かし吟味する。ちょうどソムリエがワインを味見するような感じだ。彼は「薬作りには経験が必要だ」と強調し、自分が作る薬の薬方は多くの治療経験を経た末にたどり着いたものだという。ここでは、そうした治療師の経験の一端を紹介し、薬作りや治療に対する姿勢の背景にあるものについて考えてみたい。フィールドノート 命によって命を学ぶ北タイの民間治療師「モー・ムアン」の 経験と薬作り古谷伸子 こや のぶこ / AA研研究機関研究員
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