図3 地面に開いた無数の穴。盗掘された古代墓である。周辺には青銅器時代の土器のかけらが散らばる。ユーフラテス川中流域の遺跡踏査。図4 ユーフラテス川に注ぐ支流(手前)の段丘。遺跡などないように一見みえるが、中央尾根の左右の隅2か所で後期旧石器時代(約3〜2万年前)の石器が集中して散布していた。ユーフラテス川中流域の遺跡踏査。図5 西アジアに典型的な遺丘(テル)の発掘風景。アゼルバイジャン共和国、ギョイテペ遺跡。円形の泥壁住居が同じ場所に繰り返し建設された結果、地層が累積した。図6 住居の石膏床とその上下の堆積を合わせて採集した土壌ブロックの薄片(左)とその顕微鏡観察の結果(右、ケンブリッジ大学Lisa Maher氏による)。骨や炭化物、粘土塊、石膏などの微細な破片が、おそらく水の作用を受けて水平に堆積した。シリア東北部、セクル・アル・アヘイマル遺跡。類になります。集落遺跡だけを対象とするのではなく、小規模な遺跡も調べます。人間の生活や社会を深く理解するためには、集落だけではなくそれを取り巻く環境や土地に関する情報も必要です。現在のユーフラテス川流域でも、集落の周りには畑が広がり、ヒツジの群れが草を食み、墓地が設けられています。私たちの調査では、旧石器時代の狩猟採集民や青銅器時代の牧畜民が一時的に滞在したキャンプ址あるいは石器素材を採集した場所を発見しました(図4)。これらの活動の痕跡として残される遺跡は小型で不明瞭ですが、一定の地域における人間活動の広がりを知ることができます。そして、その活動領域が異なる集落のあいだで近接している場合には、集団間の社会交流に関する情報を得る手がかりともなります。つまり、より一般的な集落遺跡の発掘から得られる情報を補完する意義があると考えています。 現在は、衛星や飛行機から撮影した地表の映像や様々な観測データを用いた遺跡探索も数多く行われています。私たちも、こうしたリモートセンシング技術の一部を利用して、あらかじめ踏査範囲を観察し、遺跡がありそうな場所に見当をつけます。その後、徒歩によって地面を観察し、地表に散布する遺物やわずかな地形変化を見つけます。また、踏査経路を詳細に記録することによって、調査結果を客観的に査定できるようにしています(図2)。発掘──遺跡の解剖とサンプリング 遺跡踏査で地面から拾われる遺物と異なり、発掘品からはより多くの情報を得ることができます。例えば、発掘品を研究する場合、それが出土した地層や場所(例えば住居の床あるいはゴミ捨て場)に関する情報や、一緒に出土した遺物の種類やサイズから、発掘品の相対的年代や人間活動との関わりを推定することができます。したがって、発掘では通常、遺物が出土したコンテクストを記録します。そのためには、遺跡を構成する異なる種類の堆積物を区別し、それを順序よく取り除くことが必要です。発掘作業は解剖に例えられることがあります。つまり、遺跡にメスを入れる目的は、その内容物を得ること以外に、遺跡の構造を理解することにもあるといえます。 例えば、西アジアの場合、丘の形をした遺跡(アラビア語でテル)が存在します。泥壁住居から構成される集落が、同じ場所で繰り返し建設されることによって、遺丘として残されたわけです(図5)。このテル型遺跡を発掘する場合、建築物を基準として層位を設定します。この建築レベルを単位として遺物や食物残滓の比較を行うことによって、物質文化の通時変化や生業活動の変遷を調べることができます。また、放射性炭素の測定による年代値を得れば、建築レベルに基づく相対編年に時間的尺度を加えることができます。こうした層位的発掘は、西アジアだけでなく日本を含む全世界に共通する方法です。 このように、発掘とは遺物を見つけるために土を取り除くだけの作業ではありません。遺物が埋もれている状況やコンテクストを手掛かりに、過去の生活や社会の変遷に関する証さいごに 他の研究分野も同じだと思われますが、フィールドは考古学研究の一次資料を獲得する現場になります。現場には未開拓の情報が数多く残されていますから、新たな理論や視点で臨むことによってこれまでに得られなかった標本を採取することができます。調査現場の状況に応じながら、1つでも多くの種類の記録を獲得することによって、少しでも蓋然性の高い人類史を描くことをこれからも目指します。謝辞紹介した調査は、東京大学総合研究博物館の西秋良宏教授を代表として行われています。本文執筆と写真使用の許可を頂きましたことに感謝申し上げます。拠を獲得する捜査現場になります。例えば、通常は取り除かれるだけの対象である土を捨てずにサンプリングし、その中に含まれている微細な遺物や骨片、植物片などを見つけるほか、それらがどのように堆積しているかを顕微鏡で観察する研究を行っています(図6)。それによって、遺跡内の堆積がどのような人間活動あるいは自然作用によって形成されたかを知ることができます。これらの新たな記録を調べることによって、過去の人間活動を示す複数種類の証拠を得ることを目的としています。19Field+ 2011 07 no.6
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