カスピ海地中海黒海考古学者にとってフィールドとは、現存する遺跡と歴史記述のあいだのギャップを埋める手がかりをさぐる現場だといえます。図1 本文で紹介される考古学フィールドワークの位置。図2 シリア北部、ユーフラテス川中流域における遺跡踏査の範囲。右上がユーフラテス川。河川低地は緑の耕作地に覆われているのに対し、河岸段丘上は乾燥ステップである。河川低地の黄色3点が青銅器時代の集落遺跡を示す。その南部の河岸段丘上に同時代の墓地(緑色)が集中する様子がみられる。線は踏査経路を示す。衛星画像はGoogle Earthより。考古学とフィールドワーク 考古学では、過去の人々が残した様々な人工物や食物を研究し、当時の生活や社会を論じることが一般的に行われています。文字記録ではなく、過去の生活の物的痕跡を一次的な研究標本として獲得するのが考古学のフィールドワークになります。 ただし、「過去の社会は直接発掘されない」という指摘があります。つまり、発見された遺跡は現在残されている痕跡にほかならず、過去の人間活動や社会を直接反映するとは限らない、という意味です。このように、過去の資料としての遺跡の限界を考慮すると、考古学者が記述する歴史は、現在残る物質から類推することによって導かれた過去の出来事に対する仮説といえます。この仮説は一回性の歴史的出来事に関するので、追認実験によって確認することが事実上不可能です。 このような考古学研究の限界を考慮すると、「いかに信頼性の高い考古学的証拠を提出できるか」という課題が重要になります。例えば、科学哲学者のアリソン・ワイリー(Alison Wylie)氏は、その1つの方法として「複数種類の証拠」を提出することを提案しています。複数の異なる種類の証拠のあいだで仮説のクロスチェックをすることができるからです。同様の意見が考古学者の藤本強氏によっても述べられています。この見解に従えば、過去の記述の信頼性を高めるためには、フィールドにおいてなるべく多くの記録を獲得することが重要だと考えられます。 ただし、事実上はフィールドワークに費やすことのできる時間や人員、予算などに制約があります。また、目の前に残されている遺跡の性格や保存状態も考慮する必要があります。研究現場の状況に対応しながら、それに見合う適切な研究課題を設定し、調査の規模や精度を調節することが必要だと思われます。次に、私の専門の西アジア地域における考古学のフィールドワークについてご紹介します。ユーフラテス川中流域の遺跡踏査 考古学のフィールドワークといえば発掘、とは限りません。遺跡の存在や空間分布を確認するのも大切な調査で、「遺跡踏査」あるいは「遺跡分布調査」と呼ばれています。例えば私は、シリア国内を流れるユーフラテス川の中流域において遺跡踏査を行っています(図1)。この地域の年間降水量は200mm以下で、ユーフラテス川の河川低地では灌漑によってムギ栽培が行われていますが、比高数十mの河岸段丘の上は地肌が露出した乾燥ステップです(図2)。ワジ(涸谷)や緩やかな丘陵のふもとを、わずかな下草を食むヒツジの群れが通り過ぎていきます。一見何もないような単調な風景ですが、地面に開けられた無数の穴が突然あらわれる場所があります。古代墓の盗掘孔です(図3)。商品にならない人骨が悲しく残された傍に、土器の破片が散っています。私たちはこの土器片をわずかな手掛かりに、古代墓の年代推定を行います。盗掘で破壊された古代墓から得られる情報は限られると思われるかもしれませんが、その分布を記録してみると、河川低地に設けられた同時期の集落の周辺に墓が密集していることが分かります(図2)。この当時、集落の近郊に墓地をつくった集団が数km間隔で居住していた地域社会の様子をうかがい知ることができます。集落遺跡の調査だけでは得られなかった考古学的証拠です。 遺跡踏査の方法にも色々ありますが、私たちの方法は景観踏査(landscape survey)と呼ばれる種アゼルバイジャンギョイテペ遺跡発掘シリア東北部セクル・アル・アヘイマル遺跡発掘シリア北部ユーフラテス川中流域遺跡踏査18Field+ 2011 07 no.6門脇誠二 かどわき せいじ / 名古屋大学博物館掘る3大地にさぐる人類史
元のページ ../index.html#18