フィールドプラス no.6
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雪が降り積もってできた氷河は、過去の地球の環境を記録したタイムカプセルである。そのタイムカプセルを手に入れるために、氷河にキャンプを張って氷河を掘削している。アラスカ州オーロラピークカムチャツカ半島イチンスキー山ランゲル山ローガン山氷河を掘って作った実験室でアイスコアの解析をする。目視での観測からもいろいろな情報が得られる。16氷河を掘って実験室を作る。実験室のテーブルも雪で作る。カナダ・ユーコン準州、ローガン山キングコルでの観測風景。環境変化を記録している氷河 私は氷河を掘っている。高い山では一年を通して雪が降り、積もった雪は翌年まで融けずに残るので、古い積雪の上に新しい降雪が次々と連続的に積もっている。つまり氷河は深部から表面に向かって地層のように時間的に連続な層を形成している。雪が降るとき、雪は大気を通して飛んできた様々な物質を取り込むため、その雪に含まれる成分や科学的な性質は、降雪時の気候や大気環境を反映している。雪がさらに降り積もると、その重みで雪は氷になり、科学的な性質を保存したまま氷河の深部へ取り込まれていく。 氷河を表面から深い方向に向かって連続的に採取し、その氷(アイスコアと呼ぶ)の性質を調べれば、過去から現在までの環境の変化を明らかにすることができる。 私は、北部北太平洋地域の環境変化を復元するためにアラスカとカムチャツカの山岳氷河でアイスコアを掘った。北部北太平洋地域は長期間の気象のデータが少ないところなので、アイスコアから得られる連続的な環境情報は気候変動研究に重要なデータを提供できる。これらの地域の氷河は100〜200mの厚さがあり、百年から数百年の環境変化を復元することが期待できる。今から300年ほど前の小氷期と呼ばれる比較的寒冷だった時代から、地球温暖化が進んでいる現在にかけての、北部北太平洋地域の気候と環境の変化を復元し、そのメカニズムを解明することに取り組んでいる。氷河からサンプルを掘る アイスコアの採取には、そのために開発された専用の掘削機を使う。掘削機は筒状の形をしていて、その筒の先端部分の縁に刃がついている。掘削機をワイヤーでつり下げ、刃をモーターで回転させながら氷河におろす。回転する刃が氷を円柱状に削り出し、円柱状に削られた氷は掘削機の筒の中に入っていく。筒の中がアイスコアと削りくずでいっぱいになったら切削を止める。この時点ではアイスコアの下部は氷河とくっついているので、ワイヤーを手で勢いよく引っ張りアイスコアと氷河を切り離してから、ウィンチでドリルを氷河上に引き上げて筒の中に入っているアイスコアを取り出す。 1回の掘削で0.5〜1mのアイスコアが採取される。アイスコアを取り出したら、再び掘削機を穴に入れ、さらに深い部分の氷河を掘削する。この操作を何度も繰り返して氷河の深部まで試料を取り続ける。氷河の中で動く掘削機の様子は見ることができないので、掘削機をつり下げたワイヤーを掴んで氷河の中から伝わってくる振動を感じ掘削機の様子を想像しながら掘削を進めていく。 順調なときは1日で数メートル掘り進むが、トラブルもいろいろ起きる。ドリルが氷河の中に引っかかってしまったことがあった。切削した後、アイスコアを氷河から切り離せなくなってしまったのだ。何度も勢いよくワイヤーを引っ張っても氷が切れない。最も力が強い隊員が力の限り引っ張ると、バーンと大きな音がして、ワイヤーをつり下げているアルミ製マストの根本の溶接が切れてしまった。その後、なんとか4人がかりで掘削機は引っ張り上げたが、一連の作業でマストが壊れてしまった。新しい装置や部品を調達することもできないので、その場にあるあらゆる部品と道具を持ちだし、皆でアイデアを出し合いながら何とか応急修理をして掘削を続けることができた。トラブルがあるとあっという間に数日間ロスしてしまうが、皆で、ああだ、こうだと考えたり修理したりする時間は、それはそれでとても楽しい。Field+ 2011 07 no.6的場澄人 まとば すみと / 北海道大学低温科学研究所、AA研フィールドネット運営委員掘る2氷河を掘って過去の地球を知る

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