フィールドプラス no.6
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植生変遷の解析時期の特定樹種同定花粉分析写真3 インド北東部、アルナーチャル・プラデシュ州での炭化した木片の調査。この黒っぽくなっている部分は、火入れによって焼けた木の根の部分だと考えられる。標高2860m。現在はヤクの放牧地になっており、草原化している。図3 間接的な歴史の描き方。考古・文献史・資料にとぼしい地域土地開発史の復原 堆積物からみた人間活動に関心がある私としては、「ヒトにとっての自然」=「生活舞台としての自然」という視点を大切にしています。フィールドワークを伴う地域研究は、自然科学の研究者も人文・社会科学の研究者も行っています。しかし、「お題目ではない」総合的な地域研究を行うためには、自然科学の研究者は、人間の生活舞台としての自然という視点をもつことで、メカニズム研究の素材としての自然のみではなく、人間にとっての自然研究を展開すべきでしょう。いっぽうの人文・社会科学の研究者は、自然科学の分析や技術といった高度化された方法をまずは理解しつつ、自己領域内で完結するような内向的な(閉じた)研究テーマ設定だけでなく、問題関心が他分野へと開かれるような問題設定の提案が強く求められるでしょう。これが結果として、異分野が「つながった」共同研究を生み、実体を伴った総合的な地域研究へと展開できます。 もちろんこのような研究スタイルが難しいことは承知の上ですが、今後の「地域研究」を考える場合、多様な分野を「つなぐ」ことができる研究方法は、とても大事です。 異なる分野の方とフィールドを歩くと、予期せぬ発見の連続です。何気なく感じていたものが、とても重要なことであったり、返答に窮するような異分野の視点の違いは、予期せぬアイデアさえ浮かんできます。 「ああ……! こういうことか!」と、フィールドでひらめく瞬間は、フィールドワーカーなら、容易に共有できることでしょう。 私自身、多様な分野からの批判に学べるような「やわらか頭」で、今後もフィールドを歩きたいと思っています。 ただ、「宮本は、落ち着きがなく、世界各地をフラフラしている。」と、某先生の悪口が……。粉の化石を分析することによって、どのように植生が改変されたのかということも推定できます。 このように、美しくはない黒い埋没腐植土層や、それに含まれている炭がヒトの移動と土地開発を特定する有効な指標となり、「土地の履歴」を明らかにすることにつながります。つまり、この埋没腐植土層は、火入れなどのヒトの土地に対する働きかけの結果、形成されたと言えるのです。 「削ること」、「掘ること」 つづいて埋没腐植土層や炭を探し出し、「語らせる」ために、「掘ること」と、「削ること」をご説明します。 平たく言えば、「削る」ということは、道路工事などでできた露頭に近寄って、堆積物を詳しく観察するために、クリーニング(掃除)することです。まず、歩き回って危険がない適切な場所を探します。そして、ヘビや危険なムシがいないことを確認し、草や根、さらに、「不快」なもの(排泄物など)をスコップで排除します。つづいて、ねじり鎌(園芸用の草切り道具)で、地層の上から順番に堆積物の性質の違い(砂とか泥とかの区分)を観察しながら、「美しく」クリーニングします。その後写真をとって、もう一度、クリーニング後の「美しくなった」露頭をガリガリ「削り」つつ、地層の境界などにクギで線をひきながら、どのように堆積したのかを考えます。さらに写真撮影後、線で区分した地層ごとに、堆積物の特徴をフィールドノートに書きとめ、最後に必要な試料を採取します。また、露頭がなく削れない水田などでは、トレンチという、人が一人だけ入れるような穴を「掘って」、同じ作業を行います。 この作業だけで数時間はかかり、集中力(根気)と体力(腰痛との闘い)の勝負です。勝負する必要はないのですが……。間接的に歴史を描いて過去を「つなぐ」 図3では、土地開発史を明らかにするための方法をフローチャート的に示しています。各種の分析項目がでていますので、先の「削り」、「掘る」作業と、各段階で明らかにしたいこととの関係がお分かりいただけると思います。ここで重要なのは、ヒトが残したモノ(考古学の遺物や遺構や、文字史料)ではなく、埋没腐植土層や炭化木片などの「間接的な素材」を用いて、民族の移動と土地開発史という、歴史の一端を描くということです。歴史学や考古学の研究では、ヒトが残したモノによって、研究が時代的にも、地域的にも限定的されるのに対し、私たちの方法では、堆積物という、どこにでもある素材から、歴史の一端を描けることに利点があります。 いわば、文字や遺物や遺構が残されていない地域でも、堆積物によって歴史の一端を描けるという利点です。 「パーツとして分散している過去の情報を、たまたま残った堆積物に語らせることで、パズルを組み立てながら歴史を描くこと(復原)」が可能になり、迷路のような歴史のパーツを「つなぐ」こともできます。過去を復原して異分野を「つなぐ」 最後に、異分野を「つなぐ」ことを考えます。 これまでくり返し自然科学や人文・社会科学の「乖離」が問題視されてきました。 例えば、歴史学や考古学といった過去を対象とした人文科学に限定しても、その領域内で完結するような「閉じた研究」が多いと思います。「狭く・深く」といった学問の個別細分化への弊害で、「分断の溝」は未だ深いのが実情でしょう。14C年代測定遺物編年対象とする素材埋没株炭化木片考古遺物堆積物試料埋没腐植土層(埋没土壌)洪水堆積物斜面堆積物山地貧泥炭史料・資料土地の履歴解析地形図判読衛星画像解析空中写真判読現地形分類堆積層・相解析発達史的地形分類(マイクロ地形発達史の解析)15Field+ 2011 07 no.6

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