? 4 【図1】アショーカ王碑文 上←→下 ギルナールの磨崖碑文の冒頭部。「この法勅は神々に愛でられし慈愛の相をそなえた王(=1 インド系文字のはじまり【解説】フェニキア文字 古代の地中海世界東岸(現在のシリア付近)を拠点としていた海洋商業民族フェニキア人が使用していた文字。子音のみをあらわす文字が右から左に向かって書かれる。前9 世紀頃、古代ギリシア人はフェニキア文字をもとにギリシア文字を作り出す。その際、ギリシア語には不要な子音字を、母音を表す文字として使うことで表音文字(単音文字)を完成させ、後のヨーロッパ諸文字の源となる。また、フェニキア文字は、北西セム語派に属するアラム語を表記するアラム文字に継承され、アラビア文字を含む多くの派生文字を生み出す。図1 ギルナールの磨崖碑文の冒頭部。「この法勅は神々に愛でられし慈愛の相をそなえた王(=天愛喜見王、アショーカ王)によって銘刻せしめられた」で始まる。出典:G. Bühler, "Aśoka's Rock Edicts According to the Girnar, Shāhbāzgarhī, Kālsī and Mansehra Versions", Epigraphia Indica, Vol. 2, pp.447-465 (1894).フェニキア文字図2 KあるいはKAをあらわす文字の変遷ギリシア文字帝国アラム文字ブラーフミー文字ラテン文字デーヴァナーガリー文字 インド系文字とは、前3世紀中頃のアショーカ王碑文【図1】に刻まれたブラーフミー文字に系統的に遡ることができる文字の総称である。今日、主に南アジアから東南アジアにかけて広大な地域に分布するさまざまな系統の言語を表記するために使用されている。インド系文字のひとつひとつは、それぞれ千万単位の人々によって使われていることも珍しくない。中には、デーヴァナーガリー文字(約6億人)やベンガル文字(約2億人)など億単位の人々に使われている文字もある。インド系文字文化圏というものを想定すると、およそ14億人がこの文字文化圏で暮らしていることになる。 インド系文字の不思議の一つは、約2千年の間にたった一つの源からこれほど多種多様な文字に分化していったこと、そしてその多くが衰退することなく今日に至っていることである。この特異性は、同じように古い歴史をもち外の世界に伝播したラテン文字、アラビア文字、漢字が当初の形を現在までほとんど変えずに保持していることと比べると際立つ。たとえば、約2千年前の古代ローマ帝国時代のラテン文字(当時は大文字のみ)や後漢時代の漢字(隷書体)は、特別な知識がなくても、私たちはほとんど判読することができるのだから。ブラーフミー文字の謎 インド系文字のもう一つの不思議は、そしておそらく最大の謎は、すべてのインド系文字の祖であり源でもあるブラーフミー文字の起源にまつわるものである。 中国最初の統一王朝である秦の成立より数十年前、南アジアにおいても最初の統一帝国が打ち立てられた。前3世紀の前半のことである。帝国の拡大にともなう血なまぐさい戦い画像のあと仏教に帰依したと伝えられるマウリヤを9朝第3代のアショーカ王(在位前273年頃〜前0度232年頃)は、広大な版図の各地に、施政方右に針あるいは統治理想ともいうべき内容の詔勅回転を磨崖や石柱に刻ませた。現在40以上発見さしてれているアショーカ王碑文は、西北インドの2くだつの磨崖碑文がカローシュティー文字で刻まさいれているのを除くと、ほとんど均質同一の文。字が刻まれている。この文字がブラーフミー文字である。この名称は、はるか後世、19世紀のヨーロッパの研究者が仏教経典に挙げられている伝説的な文字の名前にちなんでつけたもので、特に根拠のあるものではない。なお、西北インドや中央アジアで一時有力だったカローシュティー文字は3世紀頃には衰退し、その後姿を完全に消す。 およそ4千年前のインダス文字(未解読)からブラーフミー文字の登場までの1千年以上の間、南アジアにおける文字に関する歴史は空白である。このためブラーフミー文字の起源については、さまざまな説が提出された。インダス文字に源流を求める説、インドで独自に考案されたという説、ギリシア文字から作られたという説、遠くエチオピアのアムハラ文字との類縁性を求める説等々。最も有力視されているのは、古代北西セム系文字のフェニキア文字【解説】の流れをくむアラム文字南アジアから東南アジアにひろがり百花繚乱するインド系文字。すべてのインド系文字は唯一の源、ブラーフミー文字にさかのぼる。この文字はどこからきたのか?インド系文字のひろがり 21世紀の現在、地球上で話されている言語の数は5千とも6千ともいわれる。一方使用されている文字の種類は、数え方にもよるが、40から50ほどと推定される。これは、多くの言語の表記に共通して使用されているラテン文字(ローマ字)やアラビア文字もそれぞれ1つと数えての話。この中で、数の上で約3分の2を占めるのが、いわゆるインド系文字と呼ばれる文字たちである。Field+ 2011 01 no.5町田和彦まちだ かずひこ / AA研
元のページ ../index.html#6