フィールドプラス no.5
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東京外国語大学出版会東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所Feld+定価500円. 201101no5i   電話042-330-5559   FAX042-330-5199〒183-8534東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600    FAX042-330-5610(本体476円+税)[発売][発行]ベスト:釣り人用のベストは比較的大きなポケットがたくさんあり、いろんな物が入れられ取り出しやすい。チャックなどもついていているので、四つん這いになっても物が落ちずとても重宝している。パンガ:現地の鉈。写真のパンガはずいぶん使い込まれて刃がすっかりちびてしまったもの。新品はこの二回りほど大きい。観察路:もともと獣道だったところを元に作られた観察路。チンパンジーもよく使う。チンパンジーの左右にあるのが藪。マハレには多くの植生があり、観察路でなくても開けた歩きやすい場所もある。 調査時に持ち歩く鞄は私にとって死活問題だ。私はアフリカ・タンザニア連合共和国のマハレ山塊国立公園で野生チンパンジーの研究をしている。チンパンジーの一日の暮らしに興味があるので、一頭の個体をターゲットに朝から夕方までどこへでもついて歩く。調査には、フィールドノートとペン、そして時計と双眼鏡と地図があればよい。これらはすぐに出せるようにポケットに入れておく。シャツやズボンのポケットでは調査に必須のアイテム:ペンとノートと腕時計、そして地図さえあれば、いつ・どこで・誰が(誰と)・何をしたか、記録がとれる。左側のノートは防水ノートで雨の中でも鉛筆で記録できる。書くスピードが追いつかないときは左上のICレコーダーに向かって実況中継する。鞄:ゆるめたり、変形したり、身体から離したり、自在に動いてくれるので藪こぎにはもってこいだ。しかも、道を二足歩行する際には、腰のベルトで固定できるので疲れない。出し入れが面倒なので、ポケットがたくさんついたベストを使っている。カメラ、水筒、昼ご飯用のおにぎり、換えのノートやペンなどはリュックに入れる。 通常は、調査助手がパンガと現地で呼ばれる鉈を持って先導してくれる。物を持たず、四足で歩き、木にも登れるチンパンジーを、パンガ一つ持った森歩きに熟練した、しかし二本足で衣服を着た調査助手が追い、その後を、荷物を背負ったあまり運動神経の良くない二本足の私が息切れしながら追いかけている、というのがチンパンジーの移動中の様子である。調査域には観察路が縦横無尽に走っている。この道をチンパンジーがいつも動いていてくれればいいのだが、彼らは度々道をそれて藪のなかに入る。マハレの藪は深い。ツル植物や灌木の枝が互いに複雑に絡まりあい、チンパンジーはちょっと身をかがめれば済むような所でも、人間は四つん這いや匍匐前進の姿勢でのろのろと後を追う羽目になる。ハミシ(調査助手):1995年に始めて調査に行ったときからお世話になっている現地の調査助手。森のこと、植物のこと、チンパンジーのこと、本当にいろんなことを教わった。今年、原因不明の病気で亡くなった。彼に代わる森歩きの伴侶はいない。 先頭に立つチンパンジーは藪の中でも自分の移動経路を選びすいすいと移動する。その後ろの調査助手は追跡しながら必要があれば藪を切り払うが、時間がかかるのでいつも一緒に歩くハミシは本当に必要最小限しか切らない。しかも、彼はとてもスリムで荷物もない。私はと言えばどこかしら引っかかっては遅れを取る。藪の中で匍匐前進して進む場合、背中に背負った鞄はやっかいだ。まず引っかかるのは首の部分。枝が入りこむとまるで罠にかかった獲物だ。もがけば左右からも枝が入りこみさらに身動き取れなくなる。枝と格闘している間にチンパンジーもハミシも遙か彼方の行方知れず、という事態に陥ってしまうのだ。鞄なしだと楽に動けるが、ベストに全部詰め込むと今度は普通に歩くときに重みで身体が揺られて歩きにくいし疲れてしまう。いろいろと試行錯誤はしてみたものの、結局藪をほとんど切らず、かつ引っかからずに動くことは諦めた。 歩きでも疲れず、引っかかってもストレスにならないような、そんなわがままな鞄なんてないだろうと思っていたら、二度目の調査の時に発見したのである。身体との接着部分が少なくベルト部分が長いのであちこち引っかかりそうだが、姿勢を何度か変えるだけで引っかかった枝がはずれる優れものだった。大きく引っかかる腰から下の部分は、狭い藪の中でも上半身をひねって確認しながら枝を外せる。他のタイプもいくつか試したが、疲れにくさと藪こぎのしやすさという点でこの鞄の右に出るものはなかった。それ以来、調査にも出られずにいるが、同型の鞄も見つからずに困っている。Field+ 2011 01 no.5フィールドプラス34伊藤詞子いとう のりこ京都大学野生動物研究センターAA研共同研究員フィールドワーカーの鞄

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