フィールドワーカーが必ず持ち帰る「もの」、それが現地の工芸品ではないだろうか。目の前にある工芸品はフィールドへの想いをいざない、その土地に研究者を再び連れ戻す力さえ有するかのようだ。アラル海ブハラ州タシュケントブハラサマルカンドField+ 2009 01 no.1Field+ 2011 01 no.1ウズベキスタンの刺繍 ウズベキスタンにおける手作りの刺繍は大きく二つのグループに分けられ、それぞれの用途、装飾品目、意味、歴史や継承方法が異なる。ウズベキスタンで暮らすと頻繁夜遅くまで近所の女性とカシュタを制作する。刺繍の布地には手織綿布「ブズ」が用いられる。だが最近は絹布や、絹と綿を両方使って織り上げた布地「アドラス」も人気が高い。近代以前は革製品にも刺繍が施されていた。ブハラの観光フェスティバルでスザニ(大判のカシュタ)を販売する女性。 私が研究する中央アジアのウズベキスタンには多種多様な工芸(ハンド・クラフト)が発達している。歴史上有名なシルクロードの隊商都市、サマルカンド、ブハラ、ヒヴァ、コーカンドを抱える同国では、陶芸、木工、金工、染織、細密画などあらゆる方面の工芸が発達している。私は染織分野のうち刺繍に関心をもち、刺繍制作に携わる人々と深くつき合ってきた。その研究の一端を紹介しよう。に参加する結婚式で、絢爛豪華な金糸刺繍がほどこされた民族衣装を身にまとう男女を目にすることがある。この金糸刺繍はザルドゥズとよばれ、かつてブハラの宮廷で君主たち特権階級のみが着用を許された儀礼服の装飾技法として発達した。そこでは師匠を頂点とした徒弟制によって男性職人に技が伝承された。 一方、色糸を用いる刺繍は村落部も含む中央アジアの広い範囲で制作されていた。色糸を用いる刺繍はウズベク語でカシュタと呼ばれ、女性が幼少時から母や女性親族から習い、結婚までに準備する花嫁道具を飾る技として発達した。ゆえにカシュタは女性の仕事であり、男性が制作に携わることも、商品用に制作されることも少なかった。カシュタで装飾される品物には、大判の壁掛け(スザニ)、礼拝用敷物、シーツ、目隠しなどの布用品がある。中でもスザニは19世紀、ロシア帝国の南下政策に伴って入植してきたロシア人旅行者や民族学者たちの目を引き、優れた装飾品が多数蒐集され、本国に持ち帰られた。現在、それらのアンティーク・スザニにはヨーロッパを中心に多くの愛好家がおり、オークションでは高値で取引されている。もっともアンティークに手の届かない人々は新しい刺繍布を手頃な値段で入手する。 では、今時のカシュタはどのように制作・販売されているのか。仕事としてのカシュタを理解したい、そのような興味に駆られて私はウズベキスタン中部に位置するブハラ市周辺の村落部S地区でフィールドワーウズベキスタン3030Field+handcraftウズベク女性の手が生み出す刺繍 カシュタ今堀恵美 いまほり えみ / AA研ジュニアフェロー
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