聖刻文字 筆書き聖刻文字 神官文字キリン図2 聖刻文字と神官文字の直線的発展説。図3 聖刻文字と神官文字の並行的発展説。図7 左側が原資料の写真。右側がそのデータベース。背景が白色の部分が単語情報であり、ここには子音転写・訳・グロスを掲載した。また、背景が黄色の部分は単語を構成する文字の情報(ID、写真、文字コード、インクの色、発音、機能)である。図1 神官文字の写真(左)とそれを聖刻文字へ翻字したブラックマンのテキスト(右)。図4 「死者の書」の文字。図5 神官文字に由来する「筆書き聖刻文字」の字形。図6 聖刻文字にはセト神とキリンの文字素がそれぞれ存在しているが、それらに対応する神官文字の文字素は1種類となる。エルミタージュ国立美術館での調査風景。Field+ 2011 01 no.5神官文字のカラー画像データベース 聖刻文字への翻字テキストは古文書の原資料ではなく、文字解釈というフィルターを経て作成された二次的なテキストである。しかながらエジプト学では翻字テキストが「資料」として利用されているし、文法書の例文でも聖刻文字に翻字されたもののみが掲載されている。このようなエジプト学の伝統にわずかでも新たな風を送るべく、私は神官文字の画像データベースを作成し、神官文字の資料を神官文字のままで読むべきだとのメッセージを発信している。データベース作成の具体的な作業は、海外の博物館に赴き、パピルス写本を観察して写真におさめ、その写真から文字の1つ1つを切り出してデータベースに入力するというものである。その際、文字コード、書字方向、インクの色、行数、単語の子音転写、意味、グロス(文法解説)などの情報も同時に付加しているので、各情報から検索やソートをかけて出力することが出来る(図7)。 2005年にロシアのエルミタージュ国立美術館で実施した調査の結果については、ようやく2009年に学位論文としてまとめることができた。2010年度からは科学研究費補助金の助成を受けてイギリスの大英博物館に所蔵されているパピルスの調査を実施している。現在のところ1人でコツコツとデータベースを作成しているので質と量の点で課題が残るが、カラー写真を利用した神官文字の画像データベースは世界でも類のないものと自負している。1つの写本には延べにして少なくとも数千の文字が書かれており、それを1人で画像化しているので地道な作業の繰り返しである。思えば古代の書記達はそれらを手で書いていたのであるから、印刷された校訂本に安易に頼るのではなく、今後も原資料に基づく研究を進めていきたいと思っている。 そして3つ目は神官文字と聖刻文字で文字素の種類に違いがあることである。たとえば図6にあるように、聖刻文字には「セト神」と「キリン」を示す別々の文字素が存在しており、どちらを使用するかによって語の意味が異なってくる。しかしながら神官文字では両者の区別がなく、1つの文字素で記される(字形としてはセト神に近い)。エジプト学者が神官文字資料を聖刻文字に書き改める際、その都度、セト神にするのかキリンにするのかという判断がなされるのだが、原資料の文字にはそのような識別がなかったことを心得ておくべきであろう。25聖刻文字 神官文字セト神
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