フィールドプラス no.5
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◀ 様々なミカヅキモ。僕が扱っているミカヅキモはこの写真のなかで最も小さく0.01mm程度で肉眼では見えない大きさ。ニュージーランドのモーテルにてミカヅキモの単離。 ンなのだ。雄と雌がお互いにこの性フェロモンを出し合い、それを受けることで認識し合っている。 つまり、あるミカヅキモが2つの異なるグループに進化するときに、雌雄の出逢いを導くこの性フェロモンが大きく関わっていると考えたのである。このような雌雄のコミュニケーションを司る物質は植物ではほとんど発見されていない。解析が進めば、ミカヅキモを通して生物が進化する普遍的な仕組みが理解できる!と期待している。なぜフィールドに出たのか いざ研究を!と勇んだが、すぐに結果は出なかった。なぜなら研究遂行には色々な地域のミカヅキモを集めて、性フェロモンの遺伝子を解析する必要がある。しかし世界中を見渡しても、藻類学の偉大な先人が40年ほど前に採集し、脈々と維持されてきたミカヅキモが数種類存在するだけだったのである。そのうえ、ミカヅキモの研究者は数が少なく、誰かに採ってきてもらうということもできない。最終的に自分で集めるしかないという結論にたどり着いた。 こうして僕は、研究室から踏み出して、フィールドでミカヅキモを採るに至ったのである。ミカヅキモを採る 意気揚々とフィールドには出てみたものの、やはり右も左も分からない。まずは数十年前にミカヅキモの採集記録のある水田に行ってみた。しかし残念なことに、そこは今では住宅地であった。さらに、当時採集したらしい湖は、日本屈指の汚染率を誇る淀んだ水たまりとなっていた。早速のつまずきである。 それでもめげずに適当な水辺を手当たりしだいにのぞいていくことにした。もちろん、ミカヅキモは肉眼では見えないため、携帯顕微鏡を首から下げてだ。しかし土壌やゴミに埋まって、思うようには見つからない。探索能力のレベルが上がり、緑色に輝くミカヅキモを瞬時に見つけられるようになってきたのは最近のことである。 見つけたミカヅキモは、極細のガラス管を使って直接1細胞だけ単離する。これを容器に移して大事に育てるのである。採集した水が腐ってしまうのを避けるため、長期滞在している場合は旅先でもこの作業を行う。昼間は採集、夜は単離の繰り返しで休む暇もないほどだ。大変ではあるが、こうして集めてきたミカヅキモへの愛着はかなりのもので、目に入れたって痛くはないだろう。 こうして僕は多難なフィールドに迷い出たわけだが、そこはとにかく新鮮で刺激的で示唆に富んでいた。研究室の中のミカヅキモしか知らなかった僕は、初めて彼らの生育する姿を知り、まだ見ぬ一面があることを予感した。ミカヅキモを観たい、採りたいと、何度もフィールドに出ることで採集も上達し、今では色々な場所に足を延ばしている。水田から採集されたミカヅキモの接合。1つの細胞が分裂し、スライドして寄り添う。お互いを認識し合い、細胞が融合し、乾燥に強い接合子を形成する。採集したミカヅキモは、培養棚で増やして実験に使用する。実験室に持ち帰る 採集したミカヅキモは実験室に持ち帰る。DNAを抽出したり、性フェロモン遺伝子などを解析したところ、それぞれのグループが独自の性フェロモンを使ってコミュニケーションを行なっていることがわかってきた。 最初に立てた予想通り、グループごとに性フェロモンが変化していくことで、グループ間の交流が失われていくと考えて間違いないようだ。こうして、別々の方向に進化するのだろう。もっとミカヅキモを集めることができれば詳細もわかるはずだ。 そんなわけでミカヅキモ採集は終わらない。それにフィールドにはまだまだ不思議なミカヅキモがいるのである。水田のミカヅキモ 例えばミカヅキモは水田に多く生育している。これは少し考えてみると不思議なことだ。水田は毎年水が枯れるため、乾燥に弱いミカヅキモには過酷な環境となるのである。では、どのように生き抜いているのだろうか。早速水田のミカヅキモを採りに行き、実験室に持ち帰った。 今までのミカヅキモは雄と雌が融合して接合子を作る。一方、水田に生息しているミカヅキモは、面白い生態をしていた。水が無くなり始めると、細胞が分裂。その分裂直後の細胞が寄り添い、接合子を作ったのだ。ミカヅキモの生育環境。ニュージーランドの湿原。つまり、自分が分裂して分裂後の自分同士で接合子を作ったのである。この接合子は乾燥に耐えることができる。そこに水が加わると、接合子からミカヅキモが発芽する。こうして水田で生き抜いているのである。水田で生きるために…… 雌雄を持つミカヅキモとは違って、この種類は相手を見つけるよりも、直ちに自分と接合することで、水田のような過酷な環境に適応しているのだろう。しかし接合子から発芽するのは子孫ではなく自分である。極限環境で生きることを選択し、「子供」をつくることを止めたミカヅキモ。どうやって進化してきたのだろう。そして彼らはこれからどうなっていくのだろう、などと思いを馳せている。  フィールドに出かけることで、ミカヅキモがどのように生育しているのかを知ることができた。ようやく生物としてのミカヅキモと向き合えたのだと思っている。そしてフィールドに出れば出るほど不思議が見つかり、さらに研究したいことも現れてきた。このように、僕はフィールドワークを始めることで、新しい視点を得たのかもしれない。 フィールドにはまだまだ持ち帰って調べたい不思議なミカヅキモが沢山いる。僕は今後もミカヅキモを採りにフィールドワークを続けるだろう。Field+ 2011 01 no.515

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