現代クメール文字のto (時間を経て音が変化し現在では/tao/と発音)現代タイ文字のpo(発音は/baw/)現代タイ文字のpau (発音は/bo/) 母音記号 -o に見るブラーフミーの記憶 ブラーフミー文字では、母音記号-o (以下、文字類の転写は斜字体で示す)は、図5に示すように図形的に母音記号-e と母音記号-ā の組み合わせによって表記される。 当然のことだが母音/-o/(以下、/ /内は発音を示す)をこのように表記しなければならない理由はどこにもなく、この構成法は、ブラーフミー文字がたまたま採用した方法にすぎない。ところがこの構成法は、東南アジアでも、形を変えながらも脈々と受け継がれているのである。 母音記号-o は、インド系文字の伝播と分化の過程で様々な形に変容した。西暦7世紀頃の東南アジアの碑文を記すのに用いられたインド系諸文字には、主に、図6、 7に示すような2つのパターンが見られる。西暦7世紀チャム文字のt. o(プラカーシャダルマの碑文C87:ベトナム、ダナン、チャム彫刻博物館蔵)西暦7世紀クメール文字のto(碑文K149:カンボジア、ソムボー=プレイ=クック遺跡)現代クメール文字のte 現代タイ文字のpe 発音は/be/)西暦7世紀クメール文字のpau(碑文K149:カンボジア、ソムボー=プレイ=クック遺跡)現代クメール文字のtā現代タイ文字のpā(発音は/ba/) 図6に示す図形パターンでは-āに対応する部分のみが下に垂れ下がる形をしている。北インドのデーヴァナーガリーやグジャラートなどの文字などがこの図形パターンを取るので仮に北インド型と呼ぶ。東南アジアでは主にチャム碑文に現れるが、現代の文字には見られない。 図7に示す図形パターンでは-eに対応する部分も下に垂れ下がる形をしている。南インドのタミル、マラヤーラム、東インドのベンガル、アッサム、オリヤー、それにシンハラの各文字がこのパターンを取るので仮に南・東インド型と呼ぶ。東南アジアの多くの碑文にこのパターンが見られ、現代のジャワ、バリ、クメール、モン、ビルマ、シャンなどの文字もこのパターンを取る。ここでは代表として現代クメール文字の例を出しておこう【図8】。 いずれのパターンでも、ブラーフミー文字がたまたま採用した字形の構成法がDNAのように受け継がれているのである。 タイ文字では文字とそれが表す音との関係が少々ややこしくなっている。クメール文字をもとに作られたタイ文字は、南・東インド型であるクメール文字の母音記号-oを引き継いで現在に至る。しかし、それが表す音は、/-o/でなく/-aw/である【図9】。一方、現代タイ語の/-o/という発音に対応するタイ文字の母音記号は、どうやら古いクメール文字の母音記号-auに由来するらしい。記号の右半分が縮み、子音字の左側に直立して現代のような字形になったと思われる【図10】。タイ人がクメール文字を受け入れた際、何らかの理由で文字と音の関係を変更したのか、あるいは文字を受け入れた後でタイ語の音が変化して文字と音の関係に変更が生じたのか、詳細は未だ謎である。ミャンマー最北の州カチン州のワインモー郡にて。寄付を行った人々の来歴を記した文書をめくるタイ・レン族(カチン州に住むタイ系民族)の男性。「ヤンゴンの神保町」、パンソーダン通り道端の本屋。ミャンマーにはいまだ道端の露店が多く、写真のように書店の前の歩道に別の本屋が店開きしていることも珍しくない。手前の、こちらに背を向けた男性がおそらく店主であろう。Field+ 2011 01 no.5図5 ブラーフミー文字の-oの構成法図6 母音記号の-oの図形パターン「北インド型」図7 母音記号の-oの図形パターン「南・東インド型」図8 現代クメール文字の-oとその構成法図9 現代タイ文字の母音記号-oとその構成法図10 「現代タイ文字と西暦7世紀クメール文字の母音記号-au9
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