6Field+ 2010 07 no.4ジャワの結婚式(1997年)。女性の髪型はサングル。チャダル姿の女性(中央手前)。 ヴェールは、イスラームのイメージを代表するものの一つである。しかし、ムスリム女性すべてがヴェールを着用しているわけではなく、それは、ムスリムが人口の9割ほどを占めるインドネシアも例外ではない。中には、日常的には着用せず、宗教行事など特定の機会にだけヴェールを着用する女性もいる。 インドネシアでは、ヴェールはジルバッブやクルドゥンと呼ばれ、色、形、素材ともに多様である。ヴェールには、大きく分けて一枚布を折りたたんでつけるタイプと顔の部分以外が縫ってあり、そのまま被れるタイプがある。敬虔なムスリムほど大きなヴェールを身につける傾向がある。目の部分を除いて顔を隠すヴェールはチャダルと呼ばれ、色は黒、茶色等の暗い色に限定される。チャダルの着用者は、インドネシアでは少数派である。 日常的にヴェールを着用している女性は、服の色や外出先にあわせてヴェールの色や形を選ぶため、何十枚ものヴェールを持っていることが珍しくない。ヴェールにピンやブローチなどのアクセサリーをつけたり、ファッション雑誌に載っている巻き方を研究したりと、おしゃれとして楽しむ面もある。 ヴェールというと頭部に注目が集まりがちだが、ヴェールはアウラット(ムスリムが見せてはいけない体の部位)を隠すための衣装の一部である。一般的に、女性のアウラットは、顔と手首より先以外の部分と考えられている。そのため、ヴェールは、長袖、長い丈のスカートやズボンを組み合わせたムスリム服とセットで着用される。 近年、ジャワでは日常的にヴェールを着用する女性が増えており、筆者が調査を続けてきた中部ジャワ州スラカルタ市郊外の調査地でもこれは同様である。調査地近くにもヴェールやムスリム服の店がオープンし、通りの新聞・雑誌売りがムスリム女性向けのファッション雑誌も並べている。また、ヴェールのネット通販も人気がある。ヴェール着用者増加の背景には、イスラーム復興の影響、1982年に禁止された公立学校でのヴェール着用が、1991年に認められたこと、職場でのヴェージャワのモダンなヴェール塩谷ももしおや もも / 島根県立大学、AA研共同研究員ル着用が以前より自由になったこと、ファッションとしての流行など多様な要因がある。 日常生活の場でヴェール姿が増えるのと連動して、結婚式などのフォーマルな場でも、ヴェールを着用する女性が増えている。ジャワの結婚式は数百人を招待するのが一般的で、大規模に行われる。最近では、ムスリム風のヴェールをつけた花嫁衣裳が人気を集めている。日常的にヴェールを着用してない花嫁が、結婚式の際にはヴェールを着用することもあるという。また、親族や招待客の女性も、ヴェールをつけて結婚式に参加することが増えた。 1990年代にジャワで観察した結婚式では、花嫁、親族と招待客の女性は民族衣装を着て、サングルと呼ばれる結い髪をしていた。2002年に観察した敬虔なムスリムの一家の結婚式では、髪が見えないようにサングルを黒い布で巻いた花嫁姿をはじめて目にしたが、調査地周辺では珍しいこととされていた。今では、花嫁がヴェールをつけることは珍しいことではなくなっている。インドネシアで出版されたムスリム向けのブライダル誌をめくってみると、モデルン(Modern:モダン、近代的)という語が目立つ。多民族国家のインドネシアを象徴するように各地域の民族衣装をモデルンにアレンジし、ヴェールを加えた花嫁衣裳の写真が並び、さらに肌が露出しないウェディングドレスにムスリム風ヴェールを加えたものも紹介されている。花婿衣装についても、やはり民族衣装をモデルンにアレンジしたもの、そしてスーツが紹介されている。 調査地では、敬虔なムスリムとされる男性が、ムスリムだからという理由で結婚式にジャワの民族衣装を着ないで、スーツを着たことがあった。また、昨年結婚した敬虔なムスリムの友人は、「ムスリム式」に結婚式をすることにこだわりを持っていた。メールで送られてきた結婚式の写真の中で、彼女は民族衣装でなく白いドレスにヴェールを組み合わせた花嫁衣裳で、花婿はスーツ姿だった。いずれもジャワ人よりもムスリムであることを意識しての選択だと思われるが、西洋風の衣装を身につけることによってムスリムであることを主張しているという点が、一見すると矛盾しているようで興味深い。イスラームと近代、重要な先行研究のテーマが浮き出てくるようだ。ジャワの結婚式(2009年)。女性はヴェール、男性はスーツを着用。インドネシアスラカルタスワヒリ・コーストビクトリア湖ジャワ島スマトラ島カリマンタン島スラウェシ島ニューギニア島
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