FIELD PLUS No.4
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4Field+ 2010 07 no.4 愛している人とずっと一緒にいたい。恋愛と結婚は別。あなたは、どちら派だろうか。いずれにせよ、現代の日本では、結婚相手はたいてい自力で探す。非婚率が高く「婚活」という言葉も聞かれる時代であるが、「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立」する。 私は1990年代初頭、フィリピンに13あるとされるムスリムの民族集団の1つであるマラナオの人々が暮らすミンダナオ島ラナオ湖畔で、初めてのフィールドワークをした。 生活に慣れてくると、結婚式等の親戚の集まりで、ホストファミリーの親戚男性が「結婚相手はどんな人がいい?」と訊いてくることがあった。「こういう時は、どう答えたら……」と戸惑い黙っていると、おばさん達が「エンジニアか医者って答えておきなさい」と横から笑顔で助け船を出してくれた。キリスト教徒の多いマニラでは、「結婚してる? 恋人はいる?」と挨拶代わりに訊かれ驚くことがあったが、それとは違う適齢期の戸惑いだった。 キリスト教徒が大半のフィリピンで、ムスリムは人口の約5%だ。そしてムスリム女性はムスリム男性としか、なかでもマラナオ女性はマラナオ男性としか結婚できない、とマラナオの人々はいう。結婚相手の選択には、親の意向が強く働く。いわゆる恋愛結婚ではなく、親が結婚相手を決めることが一般的である。特にイスラーム以前の階層的な考え方が残るマラナオ社会では、家同士の釣り合いなどについての配慮もなされる。 時代錯誤、と感じるだろうか。結婚式の3日前に初めて夫の顔を見た、親に結婚を反対されたらどんなに好きでも結婚はあきらめるしかない。当時は日本の常識に縛られていた私もまるで現代版ロミオとジュリエットのようだと感じた。だから、学校で好意を持つ人ができたら、親に絶対見つからないように友達に手紙を交換してもらう苦労や、マニラの大学で出会った相手を親が認めてくれ結婚できた話などをきいてホッとしたものだった。 あれから20年。時代は流れ、最近は都市部への人の移動、携帯電話やインターネットの普及などにより、男女の出会いもコミュニケーションも多様化し、「恋愛」も増えているという。それでも、結婚相手は親が決める、という原則は変わらないようだ。結婚は、親族と親族の関係をつなぐ一大事であり、親族間に宿しゆく怨えん関係があれば難しいなど、個人の問題ではないと考えられている。その代わり、「婚活」「離活」は誰がする?フィリピン・ムスリム社会の婚姻規範森 正美もり まさみ / 京都文教大学、AA研共同研究員親は子ども達が結婚しても、経済的援助を含め、物心共に可能な限り援助を惜しまず、口を出し手を出し、濃い関係が継続する。 また、ムスリムには離婚が認められているが、その際には親戚中を巻き込んで延々と話し合いが続く。国家が承認したイスラーム法である「フィリピン・ムスリム身分法」に基づき、結婚、離婚、遺産相続などを扱うシャリーア裁判所では、女性からも離婚を申し立てることができるが、専門的知識の壁や経済的負担を考えると利用するのはそれほど簡単ではない。 「最近離婚が増えている」と嘆く青年がいた。彼によると「恋愛結婚が増えているから」ではないかという。彼自身は都市に暮らし、恋愛には憧れるが結婚は親の決めた相手としたいという。恋は熱しやすく冷めやすい、だから人生の機微を知る親が決めるべきということか。婚活は親の役目であり、離活にも親の意向が色濃く反映され、時には離婚後の不安定な生活を支えるセーフティネットになる。 さて私自身はこの間、もめごとへの対処や法文化の研究を継続しながら、調査地を同じフィリピンのパラワン島に移した。そこでは、ジャマ・マプンやモルボグ、タウスグなど様々な民族集団に属するムスリムの人々、フィリピン各地から移住してきたキリスト教徒、パラワン島の先住民などが共住している。 ムスリムの女性と結婚するためのキリスト教徒の男性の改宗、婚資が払えないことによる駆け落ち婚、宗教や民族による家族観の違いや誤解による葛藤の事例にも数多く遭遇した。 多様な価値観や時代の変化の中で、私達に自由を与えてくれるはずの選択肢の多様性。しかし、1つの選択が、他の選択肢との葛藤につながり、親キョウダイなど身近な人ともめる。あるいは現代の日本の若者達のように、複雑すぎて何も選べなくなる。選択肢が多いほど自由でいい、というものでもないようだ。 何が正解か、幸せな結婚か、幸福な人生かなんて、誰にも分からない。しかし人というものは、規範の束に埋め込まれた先人の知恵に頼りつつ、周囲の人々との関係の面倒さを感じながらも結局は助けられ支え合い、巡り合わせと選択の振り子のバランスの中で、なんとか今を生きているのかもしれない。新婦を迎えに来た新郎。結婚式誓約の場面、右手前から3人目が新郎。積み上げられた結婚準備品。インドネシアフィリピンマニラスラカルタスワヒリ・コーストビクトリア湖ジャワチモールルソン島ミンダナオ島パラワン島

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