FIELD PLUS No.4
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34Field+ 2009 01 no.1Field+2010 07 no. 4フィールドプラス[発行]東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所〒183-8534  東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX 042-330-5610定価500円(本体476円+税)がショルダーバッグにこだわるのは以下の理由からである。先ず、素材が布であるため、バッグそのものが軽く、より多くの用具を詰めることができる。第二に、身体にかける位置を自由に変更することが可能である。山にさしかかる時、肩掛けのひもを肩から額ひたいに置き換えて背負う形にするとすいすいと登っていける。また、荷物掛けのフックが備えつけられていないトイレでは、山登りと同様にショルダーバッグを背中にのせれば床面におかずに済む。額というのは案外と重さに耐えられる、ありがたい身体部位である。第三に、地面から離れたところに容易につるすことができる。屋内では壁のクギなどに、屋外では木の枝など(写真3)にかけると、床面や地面の汚れがつかない。最後に、ファスナーが上部に装着されていないため、最初に記したようにいつでも手を差し込んで用具を出し入れできる利点がある。調査では「やらせ」は禁物である。人が道具を使って作業をしている様子はなるべく自然な状態で撮影する必要があるため、作業者が「かまえる」前に敏捷に撮らなければならない。 常時携帯する用具はカメラ、野帳、薬(写真4)および巻尺である。家屋の調査にはレーザー測定器を使用するが、巻尺を携帯するのは軽便だからである。昔せき時じ、中国の大工は柱や家具などの寸法を縁起のよい長さになるように設計していた。私は道具を計測する際にcm単位ではかるだけでなく、寸法の吉凶も「はかる」。個人の趣味だが、そのためにショルダーバッグに魯ろ班はん尺じやくを入れておく。魯班とは古代中国の名工であったが、のちに工匠の神となった。市販されている魯班尺は上段に尺、下段にcm、中段に尺とcmの数字ごとに吉凶の内容が表示されているので便利である(写真5)。調査が長くなればなるほど軽いはずのショルダーバッグが重く感じるようになるものだが、息抜きに魯班尺で「遊べば」また軽くなる。工匠の神の仕業かな。写真3 軒下の物干竿を借りてショルダーバッグをつるす様子。庭先で農家の生産道具を広げて調査する時、用具が手の届くところにあると記録作業が順調に進む。写真5 魯班尺。中段をみると、1尺は残念ながら「災至(わざわいいたる)」や「死絶(しめつ)」の凶と出ているが、1尺2寸あたりになると、「財至(ざいいたる)」や「登科(ごうかく)」など縁起のよい吉に転じる。写真1 10数年前のリュックサック姿である。写真2 私のショルダーバッグである。タイ族の織物が縫い込まれており、調査地でオバサン連中がしばしば寄ってきて「ちょっと見せて」と声をかけてくれる。「鞄」は用具を運ぶためだけのものではなく、現地の人々に近づくきっかけをつくるものでもある。写真4 薬。不意に下痢になることがある。その治療をいち早く開始するため、市販の薬をショルダーバッグに入れておく。黄色い粒はオオレン(黄蓮)である。青い袋はポカリスエットの粉で、下痢を起こした時、脱水状態にならないようにこの粉を水に溶かして飲用する。[発売]東京外国語大学出版会電話042-330-5559 FAX 042-330-5199AA研フィールドワーカーの鞄クリスチャン・ダニエルス 鞄は調査を便利にするためのものであるので、目的に合わせて選択すればよいと考えている。道具やその操作法を記録・撮影するため、鞄から野帳やカメラなどをすばやく取り出す必要があり、背中からリュックサック(写真1)を降ろして用具をさがし出すのでは手間がかかり、間に合わない場合がある。したがって、10数年前から写真2のようなショルダーバッグを使用するようになった。私がフィールドワークをしている中国西南部・東南アジア大陸部では、現地の人々がこのようなショルダーバッグを日常生活で用いており、民族によって形状や装飾の模様などが異なる。このショルダーバッグは私の背丈に合わせ、10キロぐらいの荷物が詰められるように特注したものである。ここの地域住民に学びながら工夫した私の「鞄」である。 現在、日本では運搬用具としてリュックサックが人気を博しており、出勤するサラリーマンまで使用するようになった。重い荷物を持ち歩くのに好都合だからである。背負い用具の利便性は百も承知だが、それでも私

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