30映画を、どう「フィールドワークする」か 映画を「フィールドワークする」とは、どのようなことなのだろうか? できあがった映画の作品世界を自ら追体験することにより、そこに描かれているものから新しい知見を得ようとすることをいうのだろうか。それとも、映画制作の現場に実際に参画することで、その制作手法・制作過程や制作体制を文化的視点から捉え直そうとする方法のことなのだろうか。どちらも研究の手法としては十分にあり得るものであろう。ただ、私たちが科学研究費補助金を得て進めてきた共同研究は、それらとはまた違ったやり方に基づいたものである。「オーラルヒストリーによる現代映画制作の研究」と題するこの研究は、映画製作の統括責任者としての映画プロデューサーに特に焦点を当て、彼ら自身の口から映画産業界への参入の契機やこれまでの経験などについて語ってもらうことにより、それぞれの地域の映画産業の実態やプロデューサーの役割の変遷について明らかにしようとするものである。その意味では、映画産業界をフィールドワークするといった方がより正確かもしれない。 この研究では、オーラルヒストリーという手法をとる点が大きな特色となっている。映画にかかわる人々に対してインタビューを行ない、彼らの個人史を明らかにすることによって、文献などではわからないような映画産業の側面にアプローチしようというのである。また、監督や俳優のように脚光を浴びることは少ないが、映画製作全体を支える重要な立場であるプロデューサーに焦点を当てていることも独自な点であるといえよう。 さらに、インタビューの様子をビデオカメラで映像として記録する点も、この研究の大きな特徴である。通常のオーラルヒストリーが、文字化されうる情報に主に限定されるのに対して、ここでは、映像として記録することにより、言葉の抑揚や、態度、身振りなどといった非言語的データをも含めた分析の余地を残すことが可能となった。また、将来的には、インタビューの映像をDVDに編集して、映像ビジネスを目指す人々への教育用素材として活用することも目標としている。インド映画とは この研究で対象とした地域は、日本、ロシア、インドに及ぶが、私は、2008年9月にインド映画の中心地、ムンバイとチェンナイを訪れ、インド映画関係者へのインタビューを行なった。 インドの映画を見たことのある方は、話の途中で突然歌と踊りが始まることに驚かれたかもしれない。インドの映画は、一本の作品の中に、歌や踊り、コメディー、アクション、ロマンスなどのさまざまな要素が盛り込まれることが普通であり、その点で、誰にでも楽しめるすぐれた総合エンターテインメントとなっているのである。 また、インド映画というと、世界で最も製作本数が多いということが、よく話題となるところである。確かに、インド中央映画認証委員会の年次報告書から1年間で上映許可を得た映画の本数を見てみると、直近2009年の長編映画の本数は1288本となっており、アメリカや日本の2~3倍近い本数であることがわかる。しかし、インド映画と一口にいっても、インドで使われているさまざまな言語でつくられたものが含まれており、例えば、もっとも話者の多いヒField+CINEMA映画を「フィールドワークする」?深尾淳一 ふかお じゅんいち / 映画専門大学院大学Field+ 2010 07 no.430インドでは今、目覚ましい経済発展が進んでいる。それは、国民的娯楽として君臨してきた映画の世界にも、何らかの変化をもたらしつつあるのだろうか。現地での調査からその現状にアプローチする。道路脇の壁いっぱいに張られた映画宣伝用のポスター。インドではどの町でも、このようなポスターや、道路を臨んで立つ映画の巨大な立て看板を目にすることができる(写真はムンバイにて)。
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