19Field+ 2010 07 no.4屋の配置や規模、イーワーンやリワークと呼ばれる半戸外空間の向きや形状、各部のデザインなどについて、距離計やメジャー、角度計などを用いて、数値的にも調べていく。 また、聞き取りや文献史料からのソフト面での情報収集も欠かせない。可能な範囲での住宅建設年代の特定、住宅における家族の住まい方や各部屋の使い方、あるいは接客の仕方など、生活に関わるソフト面からの情報を収集し、建物単体の考察だけではなく、都市や集落でのライフスタイルを建築面から明らかにしていくことも目的としている。地図を読む 都市や建築調査で欠かすことができないのは、地図資料である。建物単体については、その建物に入り込んで、図面作成のための測量データをとり、写真撮影や聞き取りなどを行うことで建築データの収集は可能である。しかし、街区での建物の集合の様子や、都市の全体像を捉えるためには、単に町中を見て回るだけでは把握できる情報に限りがあり、どうしても都市図や街区図などが必須のアイテムとなる。1996年から3年間留学したシリアのダマスクスでは、幸いなことに1930年代に作製された詳細な都市地図が入手でき、都市全体像の把握や、個々の建築形状を知るために大いに役立った。しかし、地方の集落などでは地図すらなく、集落全体の姿を捉えるために自分たちで簡易な地図を作製するしかない。現在のように人工衛星写真が入手できないときは、街を徘徊しながら目視で簡易な地図を作製し、その地図をベースに測量によって詳細な地図や図面へとレベルアップし、実際の姿に近付けていく作業が必要になるのである。トルコの小都市でのフィールド調査 私はこれまで、広範な地域に赴いてフィールド調査を実施し、時代についても古代から近代・現代に至るものまで、幅広く建築調査を行ってきた。1989年にまずトルコの都市や集落を巡り、建築の視点から都市を考察するために、都市施設や市場、伝統的な住居を測量しながら、住民や商店主などからヒヤリングなどを行い、都市を中心に悉皆的に建築・都市調査を行った。この調査で得た成果や知識を出発点とし、地中海に面するイスラーム諸国、特にモロッコ、シリア、チュニジアの諸都市、及びイランの都市の調査を重ねることで、私の中に、イスラーム圏の都市調査における建築的な見方や考え方が構築されていった。 調査を始めた頃には、トルコのイスタンブルやブルサ、シリアのダマスクス、モロッコのフェズやマラケシュなどといった、規模の大きい都市でのフィールド調査が多かったが、そのうち必要に迫られて、集落から大都市へ発展する成長過程が見えるような小規模な都市での調査を行うことが増えた。 ここでは、トルコのギョイヌック(写真)という山岳の田舎町で行った調査のことを紹介したい。ギョイヌックはアナトリア半島の中部より黒海寄りの山岳にある集落で、トルコ山高台から見下ろす地図がない小都市や集落では、街全体をよく見るために、少しでも高いところに上り、街の地図を作製する。伝統的な住宅のアクソメ図調査した住宅の平面図や立面図を作製した後、さらに住宅の状況や形態が分かるような図を作製する。住宅の中心には、ソファと呼ばれる居間があり、居間を中心に各居室が配されている。建物配置と屋根伏せのための野帳岳部の伝統的な住居建築スタイルを留めており、さしずめ合掌造りの民家で有名な日本の白川郷の風情を残したような街である。 そのような田舎町では簡易な地図しかなく、自分たちの調査に合わせた詳細な地図や建物の図面を作成するために測量調査や観察調査を行い、都市の構成や形成について考察や分析を行わなければならない。簡易な地図には、メインとなる通りと主要な都市施設しか記載されておらず、おおざっぱな街の規模は把握できても、個々の建物の配置や形状、街路ネットワーク、市場のあり方などはほとんど分からない。そこでまず行うのが、なるべく高い位置から街全体を見渡すことである。簡易な地図上に目視による目ぼしい情報を記載しながら、頭の中で街の姿をシミュレーションするのである。次に、高台の目から得た情報を元に、街中に下りて徘徊しながら、より詳細な建築や生活に関する情報を集めていく。街の全体の姿を少しずつ把握しながら、重要と思われる街区や建物を選定し、機器を使った実測調査を進めていく。調査は2〜3人で行くときもあれば、教員・学生で10人弱の規模で実施するときもあり、全員が測量機器や野帳を携え、朝から晩までフィールド調査を行うのである。 私たちはトルコの役所や大学から許可を受けてギョイヌック調査に入っていたのだが、街の人々はいきなり現れた日本人に興味津々という表情をしつつも、一方で何を行っているか不安な様子も窺えた。初めは根掘り葉掘り聞かれたが、一部の住民に理解が進むとあっという間に話が伝わりだした。幸いなことに、好意的に受け入れられたため、どこに行っても歓迎され、建物内部の詳細な調査までスムーズに行うことができた。ただ、国や地域によってはあまり歓迎されないこともあり、建築のフィールド調査は目立ちやすいため、住人や秘密警察に詳細な説明を求められることもあり、細心の注意を払って調査を行わなければならない。フィールドでじっくり見ること 建築に関するフィールド調査にとって、じっくり見ることはとても重要な行為である。単に建物の数値的なデータを集めただけでは、図面化することも難しく、考察などは到底行えない。現地に立ち、そこにある建物や街の姿をじっくり見て、目に焼きつけておかなければ、まとめのステップには進めない。また実物をじっくり見て図面や地図を作製することで、建築学上の考察のアイディアや、新たな創造に繋がるヒントが浮かび上がってくることも多い。したがって、各地でのフィールド調査はこれからもずっと続けていく必要があり、その中で新たな調査手法や、分析項目が見いだされるのである。この1〜2年間では、これまで調査を行った都市の住居や都市施設について、歴史的な観点やデザイン性の考察ばかりでなく、環境面からの考察を加え、温度や湿度データなどを収集し、伝統的な建築に見られる、環境に配慮してきた生活の知恵などをさらに深く読み解きたいと思っている。
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