FIELD PLUS No.4
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17Field+ 2010 07 no.4Field+ 2010 07 no.4わからない。今後どうしたものかと思っていると、件くだんの女子学生がとても良い報告をしてくれた。「最初、私は水流が強くて立っているのがやっとだったんですけど、シゲタができていくうちに、水流が弱まって立てるようになりました。」 これは、すごい報告だ。間近で漁師さんのやっていることを見れば、シゲタをどんな形状に整えているのか、すぐにわかる。けれども漁師さんの目的は、シゲタの形状そのものにはない。彼の目的は、ウグイを呼び寄せることにあるのだ。彼女の報告は、シゲタをつくることで何を目指しているのかを知るヒントになった。漁師さんはウグイが産卵しやすい水流を作り出していたのだ。彼女は自分の身体におきた経験を手がかりに、このことを的確につかんだのである。 もちろん、漁師さんが目指していることは、もっと複雑なことに違いない。けれども作業をしている漁師さんの身体に、重ねるように我が身をおけば、彼が何を感じ取り、何をしようとしているのか掴むことができるに違いない。そんな期待がたかまってきた。積極的に見る 漁師さんのやっていることを知るには、自分の身体をつかうのが一番だ。今度は、自分がわかったことを表現していく工夫をしなければならない。私が専門にしている生態人類学は、目の前の物事を積極的に測定し、数値で表現するのを得意としている。 たとえば漁師さんたちは、シゲタの川底に逆流をつくりだしている。この逆流を、どうやって表現したら良いか。私たちは流速計を使ってシゲタのさまざまな箇所を測定し、これを裏づけることにした。 また、漁師さんによっては、大きな石でシゲタをつくったり、柳の枝でシゲタをつくったりしている。どうやら大きな石があるところでは石を使い、大きな石がないところでは柳の枝を使っているようだ。これを裏付けるために、私たちは石の大きさを計ってみることにした。川底に鉄筋を打ち込み、ロープを張って50センチメートル角のグリッドをつくる。このロープに囲まれる範囲の石を片端から測定してみると、予想通りの結果が得られた。 さらに、漁師さんたちがシゲタを手直ししたり、ゼロから作り直したりしていることにも気がついた。どうやら水位に関係しているようだ。そこで国土交通省が公表している岩木川の水位データと照らし合わせながら、どんなときにシゲタを作り直しているのかを検討した。岩木川の上流にはダムがあり、放水したり貯水したりするたびに水位は大きく変動する。漁師さんたちは水位が大きく変動するとき、シゲタを作り直していることが確認できた。 このように実際に計測したり、官庁のデータを利用したりすることで、漁師さんがやっていることを、よりはっきり理解することができる。けれども、ここで強調しておきたいのは、まずは漁師さんとじっくりつきあわなければ、何を計測すれば良いのかわからないし、どんなデータを活用すれば良いのかもわからないということだ。現場に参加し、自分の身体を漁師さんの身体に重ねたとき、はじめて測定すべき物事がわかり、活用すべきデータが具体的に見えてくるのである。機器の力をかりて見る 現場に参加することの重要性を強調した上で、最後に、最近私たちが取り組んでいることを紹介しておこう。それはビデオ分析だ。フィールドでの調査はヒントに満ちているが、現場では確認できないことも多い。そこで私たちは調査中にビデオを回しっぱなしにしておき、後で確認することにした。 たとえばフィールドで、漁師さんたちの身体技法をみていると、基本的に「手を使う」「足を使う」「熊手でかき回す」「砂利を投入する」などから成り立っていることがわかってきた。そこで大学に戻り、今度はビデオを10秒単位でチェックして、シゲタのどの場所でどの技法が用いられているかを徹底的に調べてみた。 はっきり言ってこれは苦行だ。若い学生の目も、しょぼしょぼしてくる。けれども、苦しみの果てに、驚くべきことがわかってきた。それは、どの場所でも、漁師さんたちが「最後に足」を使っているということだ。一般的に、私たちは細かな仕上げの作業には手を使う。手先の器用な人とは言うが、足裏の器用な人とは言わない。けれども漁師さんたちは、足裏を器用に使って、ウグイをおびき寄せるシゲタを完成させていたのである。 これにどんな意味があるのか、正直、今はよく分からない。けれども、身体の可能性をひらく予感がして、楽しみなのである。シゲタのさまざまな場所の流速を測定する。川底に50センチ角のロープを張り、その中に含まれる石の大きさを計る。産卵期のウグイは、体側に3本、赤い婚姻色が入 っている。獲れたウグイを遠火であぶりながら、宴会を楽しむ。

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