16Field+ 2010 07 no.4Field+ 2010 07 no.4たに違いない。それを何度も繰り返すうちに、バランスをとるコツがわかってくる。やがて自由に乗りこなせるようになる。最初の苦労はすべて忘れ、無意識のうちに操れるようになる。こうした身体で覚えた知識が、身体知だ。 問題は、身体知を他の人に教えようとしても、なかなかうまく説明できないことだ。身体知は言語では説明しづらいタイプの知識なのである。こういう知識を理解しようとするとき、インタビューをしても無駄におわる。自転車の乗り方を質問しても、「うまくバランスをとって乗る」なんて答えしか返ってこないからだ。これでは、なにも説明していないのとおなじだ。そんなわけで、学生実習では漁師さんの動作をじっくり見ることにした。見えるのに、わからない さっそく学生をつれて川に向かう。漁師さんはウェーダー(腰上まである長靴)を着込み、川のなかで作業をしている。岸から5メートルくらいの距離だ。シゲタを作るところを、観察させてもらうことにした。 漁師さんは川底を足で探ったり、石をつかみ出して別の場所に投げ込んだりしている。ところがすぐに、観察しても何をしているのかわから身体知に迫る試み 春、津軽平野を流れる岩木川では、産卵のために遡上するウグイ漁がおこなわれる。シゲタと呼ばれる人工の産卵床をつくり、あつまったウグイを投網で獲る痛快な漁だ。私は2006年より学生実習の一環として、このウグイ漁の調査をしてきた。 実習のねらいは、漁師の「身体知」をあきらかにすることだ。「身体知」というとわかりにくいけれど、身体に擦り込まれた知識と理解すればよい。たとえば自転車に初めて乗ったときのことを思いだそう。最初は、バランスをとるのが難しくて、荷台を誰かに支えてもらいながら練習しないことに気づいた。もちろん漁師さんの動きは見えている。けれども、漁師さんが川底の何を感じ、どうしようとしているのかが分からないのだ。身体知は観察するだけでは分からない。自転車を乗り回す人をいくら見つめても、自転車の乗りかたが分からないのとおなじだ。ならば、自分たちも実際にやってみるしかない。大急ぎで学生の人数分のウェーダーを買い、川に引き返した。 学生はフィールドノートに記録するのも忘れ、嬉々としてシゲタ作りを手伝いはじめた。漁師さんもうれしそうに指示をだす。皆、結構、きびきび働いている。苦戦しているのは女子学生。川の流れに足をとられ、立ち往生している。岸から川のなかに、大きな石、こぶし大の石、直径4センチ程度の小さな石の順に運んでいく。それを受け取った漁師さんが、微妙に石の位置を直しながら、シゲタを作っていった。全部で3時間ほどの大仕事だ。なんだか最後は川遊びみたいになってしまったけど、今日の実習はおしまい。くたくたになって大学に戻った。身体をつかうと見えてくる 翌週、さっそく何がわかったか報告しあう。とはいえ、ちょっと手伝ったぐらいでは、シゲタの構造はよく見る 2身体をつかって見る岩木川、春のウグイ漁曽我 亨 そが とおる/弘前大学、AA研共同研究員 見えているのに、わからない。インタビューしても、わからない。そんなときは、一緒に身体を動かすことだ。最初は見えなかったことが、五感を通して見えてくる。河原で石をあつめ、川のなかに運んでゆく。小さな石は、葦で編んだ箕みにいれて運ぶ。川に打ち込んだ鉄筋にヤナギの枝を掛けてつくるヤナギ・シゲタ。ヤナギ・シゲタに集まったウグイを投網で獲る。岩木川岩木山青森弘前青森県
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