FIELD PLUS No.4
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11Field+ 2010 07 no.411マレーシアのイスラーム銀行。インドネシアのイスラーム銀行が運営する救急車。マレーシアにおいてイスラーム銀行業者であることを表すロゴ。ペナン島で撮影。インドネシアのイスラーム銀行のパンフレット各種。イスラーム金融イスラームとお金を同時に追求する存在福島康博ふくしま やすひろ / AA研産学官連携研究員 イスラーム金融。なんとも不思議な取り合わせの言葉である。イスラームという〈聖〉なるものと、お金というもっとも〈俗〉なるものの組み合わせだ。あるいは、日本では過去のものとも思われる〈宗教〉と、資本主義の最先端の理論を駆使する〈金融〉とが融合した概念といってもよい。しかしながら、両者が矛盾することなく同居している存在が、イスラーム金融だ。 イスラーム金融とは、イスラームの思想に基づいた金融商品・サービスを提供する金融のことである。誕生のきっかけは、19世紀の中東地域に欧米資本の銀行が進出した際に、一部のイスラーム法学者の間で、一定期間お金を借りた後に借りた以上の金額を返済する契約、すなわち利子に基づく取引が聖典クルアーン(コーラン)で禁じられているリバー(Riba、アラビア語で「増加」の意味)に該当しているとの主張がなされたことにあった。その後、同地域の政治・経済的な自立を背景とし、利子を排除するなどイスラームに基づく金融取引の手法が確立した1970年代のドバイにおいて、イスラーム銀行が初めて登場した。 イスラーム金融の考え方・仕組みは、中東だけに留まらず東南アジアにも伝わり、マレーシアでは1983年に、インドネシアでは1992年に最初のイスラーム銀行がそれぞれ国内資本によって設立された。両国とも、従来型の有利子金融と新しいイスラーム金融とが並存することになったが、その後は、両国におけるイスラーム政策、あるいは国内経済の差から、浸透の度合いに差が生じている。2009年末で、従来型銀行の総資産に対するイスラーム銀行の割合は、マレーシアでは17.2%、インドネシアでは2.5%である。こうした状況にある両国の現状を、フィールドから見てみよう。 マレーシアは、マレー系、華人系、インド系、およびサバ・サラワク両州の少数民族からなる多民族国家である。中でもマレー半島の西海岸に浮かぶ人口70万人ほどの島、ペナン島は、その歴史的建造物が2008年に世界遺産に登録されるなど、古くから多民族が共生している地域として知られている。現在、島内に点在する100を超える銀行の支店の大半は、有利子銀行業とイスラーム銀行業を兼業している。実際、支店内に入った顧客は、目的や好みに合わせて有利子銀行業用窓口とイスラーム銀行業用窓口の好きな方に並べばよい。このような兼業銀行は、ムスリムであるマレー系の資本のみならず、この島の多数派である華人系資本、あるいはインド系資本など、宗教・民族を越えて広まっている。また、ローカル資本だけでなく、サウジアラビアやクウェートのイスラーム銀行も、ペナン島に支店を構えている。マレーシアと中東湾岸諸国とが、インド洋をはさんでイスラーム金融を通じて結ばれているといえよう。 他方、インドネシアはムスリムの人口比が90%を超え、世界でもっとも多くのムスリムが暮らす国である。しかしながら、国内のイスラーム金融の浸透度が低いため、ジャワ島西部に位置するインドネシアの首都ジャカルタでは、街中でイスラーム銀行の支店や広告を目にする機会はまだ少ない。それでも近年、先発のマレーシアを追いかけるように、政府・中央銀行は、長期計画の策定や関連法規の整備を通じてイスラーム金融市場の充実を目指している。また、市中のイスラーム銀行においても、メッカ巡礼のための積立貯金などイスラーム色を前面に打ち出した独自の商品開発に力を入れており、有利子銀行の金融商品との差別化を図っている。他方、そうした通常業務と並行する形で、災害支援を実施したり救急車を保有するなど、独自の社会活動を行っている。イスラーム銀行は、単に銀行業務を行う営利団体というだけでなく、イスラームに則った社会貢献を行う団体としての役割も果たそうとしているようにみえる。 マレーシア、インドネシア両国の政府・議会は、イスラーム金融の普及に積極的に取り組んでおり、イスラーム金融を通じての国内経済の活性化を目指している。実際、イスラーム銀行側も、住宅ローンや自動車ローンといったムスリムの「一生もの」の買い物のための金融商品を充実させており、これを通じて豊かな国民生活の実現に貢献しつつある。イスラーム金融は〈聖〉と〈俗〉、精神的充足と物質的な充足とを希求するムスリムの意向を汲みながら、今後も展開していくだろう。マレーシアクアラルンプールペナン島インドネシアジャカルタジャワ島スマトラ島カリマンタン島スラウェシ島ニューギニア島

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