23Field+ 2010 01 no.3に見えること自体には余り意味はない。意味があるのは、時系列上で生起する旋律について、音の種類が有限であり、また音の間に何らかの関係が想定できるという条件下で、その関係をこのような形で捉えられる(投射ともいえる)ということなのである。そして、次の課題はグラフからどのような情報を引き出すかである。 3つのグラフから得られる情報は大体次のようなものである。数珠型は、1つの音が少ない数(1~2)の他の音と隣接する関係を、吊橋型は、1つの音が概ね3つか4つの他の音と隣接する関係をそれぞれ示している。より複雑な昆虫型は、中音域に2音間の隣接関係が集中し、高音域と低音域では隣接する2音の(ペアの)種類と頻度が共に少ないという旋律構造を表している。ただ、これらの情報は旋律の特徴を記述しているだけであって、音楽の素養が少しでもあればグラフを作らなくてもわかることなので、結局のところ重要なのは、旋律をこのようなグラフにすることが何の役に立つかである。そこで、旋律のグラフ化の有用性を幾つか挙げてみよう。 旋律は一般に旋法(広い意味では西洋音楽の音階も含む)と呼ばれる、音の間の一種の力学的関係の上に成り立っている。例えば、西洋音階のハ長調ではシ(導音)はド(主音)に向かう傾向がある。そして旋律とは2音間の隣接関係が連結されたものであり、これらのグラフはその関係をもとに作られていることから、力学的関係を捉えやすく可視化したものであるといえる。その結果、かなり複雑なグラフからも、その旋律がどのような旋法(音階)に基づいているかをある程度まで推定できる。これが何に使えるかというと、例えンの名曲『枯葉』をB.エヴァンスとM.タイナーがそれぞれソロで演奏した、テーマの提示部に続く最初の即興部分の旋律をグラフ化したところ、エヴァンスは「火の見櫓」(図4)、タイナーは「ロケット」(図5)といった形状が得られた。他の曲の演奏も分析しなければ確かなことはいえないが、少なくともここでは、エヴァンスの旋律志向(離れた音域での旋律線の維持)、タイナーの分散和音志向(不可逆的な分散和音)というスタイルの違いがグラフから読み取れる。グラフの汎用性 ところでこれらのグラフ化は旋律だけではなく、要素とその結合関係に還元可能なあらゆるもの(例えば、物語や映像など)でも理論上は可能である。何故ならば、それらの作品は記号論では等しく「テクスト」として扱われており、またそのラテン語の語源textum(織り上げられたるもの)が示すように、いわば縦糸と横糸で編み上げられたものだからである。上で挙げたグラフはその意味で、織物を一度ほどいて、糸と糸との結合点を数えてから別の形状にして眺めたものである。そしてこのようなテクスト学では、織物をほどいたり結合点を数えたり、さらにその結果をグラフにするにはコンピュータが必要になってくる。稀代のフィールドワーカーであった梅棹忠夫氏は同時にまた、数理的な分析手法の有効性を見越していた先駆者でもあった。彼は約30年前の科学研究費補助金の報告書で「あらゆる文化現象はシステムとその要素で記述できる」と述べ、またその際にはコンピュータが不可欠な道具になるだろうと予言している。 なお蛇足であるが、ここで用いたグラフ化のツールは、 実は社会ネットワーク分析用のものである。つまり、本来の用途は、あなたと私の2人が(様々な意味で)隣り合うことから始まる社会構造の分析である。だから、ある組織の人間関係を、例えば、親しさの度合いをデータとしてグラフ化すると、その形状は、昆虫であったり数珠であったり、あるいはまた他のまったく違うものに見えることもあるだろう。ば音楽の理論と実践との間の隔たりを近づけることである。アンダルシア音楽の研究で、ある旋律がどの旋法に基づくものかを調べるために、何人かのプロの演奏家にその旋律を聴かせたところ、返って来た答は必ずしも同一の旋法名ではなかったという。実際には複数の旋法を含む旋律も存在するので、回答がすべて同じでなかったのは当然かも知れないが、その旋律をこのようなグラフにすることで、特定の旋法を浮かび上がらせることが可能になる。あるいは少なくとも、複数の旋法の混交状態を捉えることができる。さらには、その混交状態をおそらく引き起こしている偶発的な音(西洋音楽では非和声音が相当する)をグラフは特異点(例外的な集合に属する点)として示してくれるだろう。 演奏スタイルを見る もう1つの有用性は、演奏のスタイルを分析する際に認められる。アンダルシア音楽のテンポとリズムとの関連に限定すると、速い4拍子では、演奏効果(あるいは技術的制約)が原因で数珠型に近い形状となる傾向がある。つまり、2音間の音程差が大きい旋律は速いテンポでは演奏しにくく(分析曲の旋律はヴァイオリンが弾いている)、旋法の構成音を階段状に上行/下行することが多いからである。これに対して遅い8拍子では、1つの音の進行方向が分散する傾向があり、そのために数珠型以外の形状になる。もちろん、これらの分析をより確実なものにするには、2音間の音程や、音価(音の長さ)の隣接関係なども考慮することが必要になる。 ジャズへの応用例も挙げてみよう。シャンソ注1)統計解析言語R (URL: http://www.R-project.org.)の社会ネットワーク分析パッケージsna(Social Network Analysis)。このツールは表1のようなデータを様々なオプションでグラフ化する。図4:火の見櫓図5:ロケット
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