22Field+ 2010 01 no.3旋律のグラフ化 SF作家のG.イーガンはある短編の中で「人間の脳はパターンを発見する能力に長け過ぎている」と書いている。その能力を使って図1を見たとき何を連想するだろうか。色々なモノが思い浮かぶが、ひとまず「昆虫」のワイヤーフレームとでもいえよう。では図2と図3はどうだろう。少々無理はあるが、図2は吊橋、図3は数珠に見えなくもない。実はこれらの図はそれぞれ、ある旋律の構造をグラフにしたものである。ここでの「グラフ」とは普通の棒グラフなどではなく、数学のグラフ理論で扱う、2つ以上の点とそれらの関係を表した図のことである。 図1はバッハの平均律クラヴィーア曲集第2巻第1曲「前奏曲」のソプラノ声部、図2はフェズ(モロッコ)の楽団が演奏したアンダルシア音楽の一部、図3は同じ楽団が演奏した別の曲の一部である。それぞれの点(ノード)が個々の音を表し、少し見づらいが音名が付いている。2点間の線(エッジ)は2つの音が隣接することを示している。線には音の進行方向を区別する2種類があり、細い円錐形は底面側の音から頂点側の音への単方向、2つの円錐が頂点側で結合している中央がくびれた形は2音間の双方向を表す。3次元のグラフにしたのは、立体的にすることで形状がより感覚的に捉えられ、現実世界の色々なモノが連想できるからである。グラフの作り方 これらのグラフの作成手順は比較的単純である。分析する旋律を画定し、現れるすべての音を縦横に並べた表を作り、ある音が次にどの音へ行くかをすべて数えて升目に値を埋め、その表(表1)をフリーのソフト注1で処理するだけである。ほとんどの仕事をするのはコンピュータであるが、最初のステップは人手でやるしかない。それは、旋律をコンピュータで処理するために、記号に置き換えて入力するという作業である。楽譜があれば楽であるが、音源しかない場合には旋律を聴き取って楽譜を作ることになり、これには結構時間がかかる。グラフ化の意義 さて、このようなグラフ化が一体何を意味しているかというと、ある旋律構造が様々なモノフロンティア旋律を見る小田淳一 おだ じゅんいち/AA研演奏前にチューニングするフェズの楽団(2000年夏に国立民族学博物館と共同調査を行った際に撮影)。表1 旋律の非対称隣接行列の例テトゥアンの楽団が演奏した比較的短い曲について、旋律中で2つの音が結合する頻度を数えた非対称隣接行列。c1は中央のドを表し、音名の後の数字はオクターブの相対的な位置を示している。「非対称」とは隣接関係の「向き」を考慮したものであり、例えば、h0とc1の結合ペアのうち、h0からc1は23回、c1からh0は14回ある。旋律を「聴く」だけではなく、一種のネットワークとして「見る」ことで様々な情報が得られる。この手法は旋律以外にも、映像など他の時系列芸術にも応用可能である。図2:吊橋図1:昆虫のワイヤーフレームg0g0a046h0623c114334d1225311e141026342f128362g172892a1102a0h0c1d1e1f1g1a1図3:数珠モロッコフェズテトゥアンカサブランカ
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