18Field+ 2010 01 no.3Field+ 聞く 3フィールドワーカーの感性 「聞く」というお題をいただいたわけだが、私は聴覚に関して並みはずれた感性を持っているわけではない。感性が鋭すぎると、しばしば日常生活でしんどい経験をするものである。こんな思い出がある。京都大学理学部に入学したとき、叡電一乗寺の駅の近くに下宿したのだが、隣の部屋にいたのが、K君という同級生だった。ともにSFが好きだったので、ときどき彼の部屋に行って話をした。しばらく経って、彼が聴覚にとても鋭敏であることに気づいた。私の目覚まし時計の音が気になる、と言われたこともある。下宿のおばさんも似たようなことを言っていた。彼は1年で他の下宿に変わっていった。——5年ほど前、思いがけずその名前を新聞紙上で見つけた。彼は最近たてつづけに話題作を発表している作家になっていた。京都大学卒、と経歴にあったので記憶をたどってみると、隣の部屋に下宿していたあのK君だったのである。小説家になるには、やはり何か人と違った鋭敏さが必要なのだな、と妙に感心したものだった。 私はというと、音にはけっこう慣れる方である。1980年代なかば、ザイール(現・コンゴ民主共和国)に調査に入ったとき、定住ビザを取るために2ヵ月ほど、首都キンシャサのマトングェという地区に滞在していた。マトングェはアフリカン・ポップスの代表格であるリンガラ・ミュージックの中心地で、近辺でコンサートは頻繁に開かれるし、夜になってもあちこちのバーで、大音量の曲が響いている。基本的に眠らない町なのである。ホテル・マトングェに泊まった最初の夜、うるさくて眠れず、えらいところに来てしまったと後悔したが、3日経ったら慣れた。フィールドワーカーは鋭敏すぎない方がいいのである。ボンガンドの「声」 そんな私が今でも慣れることのできないのが、コンゴ民主共和国の農耕民ボンガンドの人たちの声である。まず基本的に大声で喋ることが多いし、その声がよく通る。我々の常識からは考えられない「遠距離会話」も可能となる。これはひとつには、彼らの言語がトーン言語(声調言語)であることが効いているだろう。トーン言語とは、単語や文における音の高低が意味の区別に強くかかわっている言語のことである。だから、トーンをうまく発音しないと、言っていることがまったつながることと切ることコンゴ民主共和国、ボンガンドの声の世界木村大治 きむら だいじ/京都大学大学院フィールドはさまざまな声や音に満ちている。それらに対する関係の取り結び方には、土地の人々それぞれのやり方がある。キノコを売りに来た少年 村に住んでいると、子供たちがいろいろなものを売りに来る。全部は買ってやれないのだが。トーキング・ドラム 丸太をくりぬいて作った、巨大な木魚のような太鼓である。スリットの手前側を叩くと高い音、むこう側を叩くと低い音が出るが、この高低の音をリズミカルに組み合わせて、非常に複雑な「語り」を伝達することができる。ボナンゴを語る老人 ビデオカメラでパンした映像をキャプチャし、つなぎ合わせた画像。広い村の中で老人が一人大声で喋っている。調査地キサンガニボエンデキンシャサバンダカ赤道0 600kmアフリカボナンゴを語る老人コンゴ民主共和国
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