FIELD PLUS No.3
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15Field+ 2010 01 no.3フィールドに入る 聞くことの大切さ 10年以上も通っている研究フィールドの御蔵島では、長い間、宿のお手伝いをしながら、イルカと一緒に泳ぐ観光客を乗せるイルカスイミング船に乗せてもらうという、いわば「居候研究者」を続けていた。人口300人弱のこの島では、人間関係がモノを言う。昼は調査でイルカの音を聞き、夜はお酒を傾けながら島の方々のお話を聞く。この御蔵島での調査をベースに、ミナミハンドウイルカの音の地域差の研究を行うため、小笠原諸島と、九州は天草諸島下島に出向き、共同研究者のお世話になりながらイルカの音を収録した。私は生粋の大阪人で、大阪弁一筋で生きてきたため、九州や御蔵島の海の男衆の話す言葉が聞き取れず苦労した。そしてイルカの音にも地域差があり、もし私のようにこの海域間を移動するイルカがいたら(今のところはその報告はないが)、馴染むまでにきっと同じように苦労するだろう。人間に酒を酌み交わすという手段があってよかったと、つくづく思う。聞きたくない音 上記した天草諸島下島は、海がとてもうるさい。イルカの音を探しヘッドフォンで聞いていると、本当にげっそりする。ちょうどラジオをひねって局の周波数にぴったり合わずにジャージャー雑音が入る中で、必死に番組を聴いているみたいな感覚である。よくこんなうるさいところで生活してるなぁ、という率直な感想を持っていた。ここに棲むイルカたちはこの雑音に対抗するために、低くて単調で大きな音を出していて、それが音の地域差(方言)につながっている、という研究結果を得たときには、とても納得がいった。イルカにとっても、あまり聞きたくない音なのだろう。ちなみにこのうるさい音は、主に4-5cmほどの小さなテッポウエビがその特殊化したハサミで発する音であり、とてもたくさんのテッポウエビがこの地域にひしめき合っているのである。聞きたくない音は、見方を変えれば面白い。聞こえない方がよい場合 北西ハワイ諸島 京都のシンポジウムでたまたま出会った研究者とクラシック音楽の話で仲良くなり、そのまま研究フィールドに連れて行ってもらえることになった。誰もが羨むハワイの美しい無人島、北西ハワイ諸島クレ環礁。ここに2ヶ月間、アメリカ人、ポーランド人を含む外国人4名とハシナガイルカの調査で滞在した。こんな美しい島暮らしなのに、残り3週間以上もあるというのに外国人の間で大喧嘩が勃発。なんて人間ってあさはかなんだろう。幸い私は英語が聞き取れないふり(?)をして適当にニコニコすごした。祖父が自分の耳が遠くなったことについて「余計なことが聞こえんで、ええわい」と言っていたことを思い出した。ちなみにこの島で得た結果は「イルカは雑音の少ない場所で休息する」であった。静かに大自然の驚異と美しさに身を任せて生きる彼らから学ぶべきことは多い。聞こえない音を聞く 南アフリカ&三陸沖 上記と同じ研究者が今度は南アフリカに誘ってくれた。コシャチイルカという、ここにしかいない珍しいイルカの調査で3ヶ月、ケープタウンに滞在した。このイルカを含め一部のイルカは私たちに聞こえない高い音(超音波)を発する。多くの録音機材は人間の聞こえる音(可聴域)までしか録音できないので、超音波を録音する機材は高額、かつ取り扱いが容易ではない。そして実際に音が入っているかどうかを知るのは、調査後、データを読み込んだ後である。操作ミスで録音できていなかったり、音がちょん切れていたりすると、顔面蒼白。しかしよいデータが取れていると、音の研究者以外にはわからないような波形データをみんなに見せて得意顔。いずれにしてもマッドサイエンティストである。コシャチイルカのデータは世界で初めての報告となる。帰国後、同様に超音波しか出さないイシイルカというイルカの音を収録するため、海の幸がおいしい岩手県は大槌町にある、東京大学海洋研究所の施設にお世話になった。イシイルカは船首の波に乗るのが好きなので、船が動いているとやってくるのであるが、録音するために止まるとどこかに行ってしまい、録音できなかった。そんなことはよくあることなので、来年また異なる方法を考えて頑張りたい。フィールドで聞くということ 聞く、ということは受動的な動きである。主体はあくまでも相手側であり、聞き手は相手の「音」を如何に正確に記録し、そこから相手をどこまで思い遣ることができるか。厳然とした種の違いの壁が立ちはだかるが、そのどこまで迫ることができるのか、挑戦である。そのためにも、彼らと同じ環境を感じ、その中で真摯に彼らの「音」を聞き取りたいと思う。クレ環礁のハシナガイルカ。美しい環礁はハシナガイルカの絶好の休息場所。三陸沖のイシイルカ。高速で船首の波に乗るのが大好き。南アフリカのコシャチイルカ。彼らの声は超音波のみで人間には聞こえない。

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