14Field+ 2010 01 no.3イルカの音を求めて森阪匡通 イルカは世界中の海にいる。いろんなイルカの音を求めて三千里。苦労はあるが、まずは彼らと同じ環境を「聞く」ことが重要である。御蔵島のミナミハンドウイルカ。多様な音を出す。撮影は酒井麻衣。聞く 1もりさか ただみち/日本学術振興会特別研究員(京都大学)水の中でイルカの音を聞く 「カチカチカチカチ……」「ピュイーピュイー」 小笠原のコバルトブルーの海に静かに入ると、どこからともなく聞こえてくる音。やがて目の前に想像よりも大きなミナミハンドウイルカたちが騒々しく現れ、私たちに一瞥をくれてそのまま泳ぎ去る……これが私にとっての初めての野生のイルカとの出会いであった。 イルカは実に多様な音を出す。それらの音を用いてどんなコミュニケーションを行っているのだろうか、という素朴な疑問が私の研究の出発点である。それを明らかにするには、学問分野を問わず様々な方法を用いて研究を行う必要がある。元来苦手な物理や数学も使わざるを得ない。今更ながら高校や大学の物理の教科書を開く日々である。音は水中では空気中の約4倍ものスピードで進む。音がやってきた方向を、両耳に届く時間のわずかなズレを用いて判断している私たち人間にとって、水中で音の来る方向を知るのは非常に難しい。つまり、どのイルカが音を出しているのか、人間の耳ではわからないのである。 しかし誰が音を出しているのか知りたい。私たちのグループは、防水ハウジングにビデオを納め、ステレオマイクの間を約1m(私たちの両耳の間の距離の4倍以上)離した水中ビデオシステムを作って、水中でイルカの行動と音声を収録してきた。そうすればちょうど人間が空気中で聞いているのと同じように水中の音も聞こえる。残念ながら形が悪く、取り扱いが面倒だった。最近では簡易型として、マイクとマイクの間に音を遮る板をはさんだ新型を用いている。ビデオをハウジングに納める際に重要なのが、乾燥剤である。市販のものは大きすぎるので、隙間に入るサイズのものとして、海苔やお菓子の袋に入っているシリカゲルが重宝する。「その乾燥剤、ちょうだい」という人を見かけたら、イルカの行動研究者かもしれない。 水中では音が光より断然よく伝わるために、姿は見えないが音は間近にはっきりと聞こえる。小笠原ではイルカ同士2kmほど離れた場所でもお互いの音が聞こえる一方、透明度は頑張っても50m。このためイルカはモノを「見る」際にも音を用いている。音を出して、その音のエコーからモノまでの距離やモノの動く方向、形、質感などの情報を知ることができる能力(エコーロケーション)を持っている。私たちが目で見ている水中の世界は、イルカにとって聴覚で「見て」いる世界であると考えると、不思議な気分になる。水中ビデオシステム(新型)。水中でも音の方向がわかる。持っているのは共同研究者の酒井麻衣。御蔵島小笠原諸島天草諸島大槌ケープタウンクレ環礁
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