7く離れて暮らす姪や孫娘の活躍を目にすることができた」と感謝の声が寄せられた。またこうしたデジタル化の余波は、欧米諸国で開催されたインド芸術フェスティバルに映像作品が上映されるなど、シンガポールのインド系舞踊団がグローバル・インドの世界と接合する絶好の機会をもたらした。一つとして通っている者も少なくない。自宅で受けるオンラインのグループ・レッスンは教室に漂うような緊張感が希薄で、モチベーションの維持が難しく練習不足が深刻化していった。また住宅事情が厳しいシンガポールでは自宅で練習スペースを確保することが困難であり、騒音に対する近隣住民の苦情も懸念された。さらに自ら画面上の操作をしなければならない生徒たちは身体全体を投影することに困惑し、教師側も全ての生徒の様子を画面上で確認することに苦労していた。 こうした諸事情から、通常のレッスン内容を維持することが難しいと感じた教師たちのなかには、普段のレッスンでは行わない座学を取り入れ、インドで著名なコミック・シリーズの〈アマル・チトラ・カタ〉を用いるなどしてヒンドゥー神の神話やラーマーヤナ物語を解説し、生徒たちの関心を引こうと努めていた。 一方、オンライン・レッスンには、コロナ状況下で自宅にいる機会が多くなった仕事をもつ成人女性たち(多くはかつての生徒)が気分転換や運動を兼ねて参加するようになった。「体型もかわり今更教室に通うのは恥ずかしい」と感じていた彼女たちにとって、気軽に参加でき利便性が高いオンライン・レッスンは、教室とのつながりの再編やインド文化への再評価をもたらす機会を提供したといえるだろう。オンライン・レッスンの様子(2020年8月©Bhaskars Arts Academy)。エスプラネード劇場で開催されたインド芸術祭(2022年11月)。インド芸術祭での無料コンサートの様子(2022年11月)。コロナ状況下における芸能をめぐるコミュニケーション 2022年初頭、コロナ状況下の生活が当たり前と感じられるなか、シンガポールでは各種芸術イベントやフェスティバル、教室での対面レッスンなどが本格的に再開された。公演時の座席数やマスクの着用、対面レッスン時の人数や生徒の入れ替え時間の確保といった規制はあるものの、パンデミック以前の光景が戻りはじめた。 芸能と人とのかかわりあいには、作品の上演や鑑賞はもとより創作過程や教授の場におけるコミュニケーションも含まれる。ポストコロナの状況のなかで、舞台公演や教室でのレッスンが再開された直後、実演家や教師たちからは作品づくりの過程やクラスの雰囲気における違和感を訴える声が聞かれた。COVID-19の感染状況に鑑み、現場にはできるかぎりコミュニケーションを控えるような気配が漂い、クラス前後の教師と生徒との交流や親たちとのコミュニケーションも控えられ、どこか殺伐とした雰囲気が感じられるという。 触れあうことがはばかられたコロナ状況下において、生の身体を基盤とした芸能に対する人びとの認識や価値づけは従来のものと変わらないのであろうか。コロナ状況下で人と人とのかかわりあいが大きく変化したなかで、作品の創作過程や技芸の教授だけでなく、芸能をめぐる様々なコミュニケーションにいかなる影響が及んでいるのだろうか。この冬、2年8ヶ月ぶりにフィールドへ戻ることができた私は、社会における芸能の存在と芸能をめぐるコミュニケーションについて改めて考えさせられている。 オンライン・レッスンがもたらしたもの ブロードバンドが世界的に拡充した2000年代以降、欧米諸国のインド系ディアスポラたちの間では、インドのグル(指導者)からオンラインで古典音楽や古典舞踊を学ぶレッスンが広く浸透している。シンガポールではインド系芸術団体の活発な教室運営によってオンライン・レッスンはこれまで普及してこなかったが、ロックダウン後の2020年4月から対面レッスンが中止されると、各教室のレッスンはオンラインに切り替えられた。 オンライン・レッスンに対する生徒たちの反応は、個別レッスンとグループ・レッスンで明らかに異なったようである。個別レッスンはもともと公演を間近に控えている技術的に高いレベルの生徒が集中的に受けるものであり、モチベーションが維持されやすかった。一方、グループ・レッスンの生徒たちは小中学生が中心で動機も様々であり、親の言いつけによる習い事の
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