フィールドプラス no.29
8/32

3月に文化芸術分野への支援金として160万シンガポールドル(約1.2億円)の支給を発表し、その後も芸術文化復興支援パッケージとして総額5,500万シンガポールドル(約41.5億円)の支援を発表、さらに5月には文化芸術関係者の生活を保護するための様々な施策を明らかにし、芸術文化およびそれらを担う人々に対する国の支援方針を明確に示した。 こうした政府による支援のもと、コロナ状況下で対面レッスンや公演を実施できない各芸術団体は作品のデジタル化をすすめ、オンラインやオンデマンドによる舞台芸術公演を実現していった。たとえば、政府の外郭機関の一つであるインド文化遺産センターが2020年9月に開催した文化イベントCulturaFest 2000では、対面による舞台イベントに加えてデジタル・プラットフォームを用いた作品がYouTubeやFacebook上でライブ/オンデマンド配信された。多くの公演は無料で視聴ができ、国内外から多数のアクセスがあった。同センターの公式発表では、シンガポールを中心にインド、マレーシア、オーストラリアなどからのべ140万人以上の人々が作品の動画を視聴しており、インドや他国で暮らすインド系出演者の親族からは「遠* 写真はすべて 6多民族国家のシンガポールでは、人口の1割を構成するインド系の人々の芸能が「ナショナル」な文化として位置づけられている。コロナ状況下のシンガポールにおけるインド芸能の諸相について考えてみたい。ラオスタイカンボジアベトナムマレーシアインドネシアシンガポール筆者撮影。ロックダウン前日のチャンギ空港(2020年3月)。クを行っていたが、「未知の感染症」に対する国民の不安とその影響を目のあたりにしていた。それまでに確定していた実演家へのインタビューのアポイントメントが突如キャンセルされたり、インド舞踊教室の教師や生徒の親からはインタビューをオンラインや電話で済ませたいという返答を受けたり、対面での聞き取りという手段が明確に避けられていった。政府が3月下旬にロックダウンを実施する前日、従来のフィールドワークが困難であると判断した私は、旅行者の姿が消えたチャンギ空港から日本への帰国の途につくことになった。竹村嘉晃 たけむら よしあき人間文化研究機構人間文化創発センター研究員、国立民族学博物館グローバル地域研究プログラム総括班事務局特任助教、AA研共同研究員フィールドで直面したCOVID-19パンデミック 世界規模での感染が深刻化したCOVID- 19による影響は、人と人とのかかわりあいだけでなく、音楽・芸能の上演やそれらをめぐるコミュニケーションにも様々な形で及んでいる。 年間1,850万人(2018年統計)以上の観光客が訪れる東南アジアの小さな都市国家のシンガポールでは、2020年1月23日に中国・武漢市からの旅行者が新型肺炎に感染していたことが報道された。翌日、旧正月を祝う演説のなかでリー・シェンロン首相は、新型肺炎の感染状況は重症急性呼吸器症候群(SARS)の時と比べてまだ深刻ではないという見解を示し、「われわれは準備が整っている。なぜならSARSを経験して以来、こうした事態に備えてきたからだ」と自信を見せた。首相の演説後、公共機関の出入り口ではサーモグラフィーや検温器によるチェック、IDの確認などが行われるようになり、感染拡大を警戒する態勢が徐々にとられていった。当時の私は、多民族国家のシンガポールで「ナショナル」な文化として位置づけられているインド芸能の受容動向に関するフィールドワー芸術文化への支援とオンラインによる芸能公演の推進 芸術文化政策を推進するシンガポール政府は、2012年に発表した「芸術文化戦略レビュー・レポート(The Report of the Arts and Culture Strategic Review)」のなかで、市民と社会のための文化政策を行っていくことを宣言し、国家アイデンティティを再構築する重要なものとして芸術文化を位置づけている。COVID-19の感染拡大による影響から各種イベントが中止を余儀なくされるなかで、政府は2020年インド芸能をめぐるコミュニケーションの変容インド芸能をめぐるコミュニケーションの変容コロナ状況下のシンガポールを事例にコロナ状況下のシンガポールを事例に

元のページ  ../index.html#8

このブックを見る