21できたモンゴル系牧畜民 (オイラト) の一部族の末裔が暮らしている。また、青海省のその他の地域にもモンゴル系の人々が住んでいる、または、かつて住んでいた場所がいくつかあり、その結果、現在でも青海省にはモンゴル語由来の地名が多く残っている。家畜のための「塩」 筆者が最後に現地を訪れたのは2019年8月のことだ。その調査の折、草原にまっすぐ伸びた道を車で進んでいた時に、現地出身の運転手のはからいで、地元で有名なある場所に立ち寄ることになった。舗装された道路をはずれて横道に入るとほどなくして、崖の途中が白くなっている景色がぼんやりみえてきた。その場所は、昔からある天然塩の採掘場だった。塩というより、「ナトリウム化合物」と表現したほうが正確かもしれない。その崖のふもとからは、ミネラルを多く含むナトリウム化合物が今でも湧き出し、尽きることがないという。白い結晶を指にとってなめてみると、しょっぱさはあまり感じず、ミネラルの苦味とともにひんやりとした感覚があった。この塩は人間が食べるものではなく、家畜に食べさせるためのものである。地元の牧畜民たちのみが天然塩を採ることを許され、一年に一度、大きめの袋いっぱいに塩をつめて持ち帰り、時期をみはからって、石ころなどが落ちていない草地にまいて家畜になめさせる。家畜たちは、地面の黒土がみえるまでその塩をなめとる。塩を食べさせないと、交尾をしなくなるなど家畜の生育に大きな影響が出たり、時には家畜の生死に関わることもあるという。天然塩が手に入らない地域では買ってきた塩を与えているが、もちろん栄養価において天然塩のほうがはるかにすぐれているとのこと。 ところで、チベット語で「塩」は一般的に、「ツァ」というが、先に述べた「天然塩」は東北部のチベット語で「ホジョル (hodʑor)」と呼ばれている。この「ホジョル」という単語は、実はモンゴル語からの借用語だ。モンゴル語での発音は「ホジル (qujir)」。「塩類」や「ソーダ」などと訳され、やはり、採掘して家畜に与えたり、皮なめしに利用したりするものなのだそうだ。この「ホジョル」の例以外にも、現地調査や論文などから、いくつかのモンゴル語由来の単語が使われていることがわかったので以下に紹介しよう。 「馬具」、「テント」、「ラクダ」そして「銃」 東北チベットの現地調査からは、馬に乗る際に鞍の下に敷く「クッション状の鞍敷き」が「ホム (hom)」と呼ばれ、これがモンゴル語の「ホム (qom)」に由来していることがわかった。また、東北チベットの中でもモンゴル式テントを使用している地域では、テントの部位名称 (天窓、柱、木組みの壁) に、ラクダを飼育している地域ではラクダの「こぶ」や「鼻」といった身体部位、そして、成長段階別名称の一部に、それぞれモンゴル語由来の単語が使われていることが文献に書かれていた。 以上はいずれも牧畜文化に関連する単語であるが、牧畜地域だけでなく東北チベット全体で広く使用されている借用語もある。それは、「銃」という単語である。東北部のチベット語で「銃」は「ウ (wu)」と呼ばれているが、これは中国語の「砲 (pao)」がモンゴル語に「ブー (buu)」という語形で取り入れられ、それをチベット語が借用したものであるということが、各言語の音韻対応からわかっている。銃は、紛争の際の武器としてだけではなく、狩猟や家畜の天敵である狼の捕獲にも使われてきた。 中央チベットでは 一方、中央チベットにおいては、上述のモンゴル語由来の牧畜文化語彙はみられない。「銃」に関して言えば、「メンダ (me+nta– 火+矢)」というチベット語の固有語を複合した表現ラサ甘粛省四川省雲南省ネパールインド新疆ウイグル自治区民チベット自治区ブータンミャンマー東北チベット中央チベットツェコ県河南県チベット人居住域西寧成都和国青海省中華人共
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