フィールドプラス no.29
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中央チベットと東北チベットにはともにわずかではあるがモンゴル語由来の語がみられる。どのような語に借用がみられるのか、観察してみると、中央チベットとは異なる、東北チベット特有のモンゴルとの関わりが浮かびあがる。東北チベットの牧畜文化を追い求めて 共同研究の仲間とともに東北チベット (中国青海省) の牧畜民のもとに通うようになって8年が経つ。当初、私にとってはほぼ未知の領域であったチベット牧畜民たちの生活も、毎年通ううちに徐々に身近なものとなってきた。ヤクや羊、馬といった家畜の年齢、雌雄、毛色や模様、角の形を組み合わせて呼び分ける識別語彙や、テントの部位、乳加工体系、肉の部位、糞や毛や皮の加工に関する名称など、共同研究で収集した牧畜文化にまつわる民俗語彙は、『チベット牧畜文化辞典』(星泉他編) *記載のない写真はすべて筆者撮影。20ツェコ県の南に位置する河南県にある黄河南蒙古歴史博物館。建物の中央部はモンゴル式のテント「ゲル」をかたどっている。として結実し、現在はその英語版の編集作業に取り組んでいる。 研究をはじめた当初から、東北チベットの牧畜文化が、近接する牧畜文化圏であるモンゴルからどれくらい影響を受けているかは、非常に気になるテーマであった。東北チベットは、7世紀にはモンゴル系民族とされる吐■■■■■谷渾に対する辺境防衛の拠点として、17世紀中頃からは清国やモンゴル諸部族勢力と中央チベットとの境界として位置づけられてきた。筆者らがフィールドワークを行なっている青海省東部ツェコ県の隣にある河南県には、17世紀にチベット仏教ゲルク派の要請を受けて移り住ん    えびはら しほ / 日本学術振興会特別研究員RPD(AA研)、AA研共同研究員フィールド ノート銃・馬具・天然塩モンゴル語由来の借用語からみえてくる東北チベットにおける文化接触海老原志穂

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