16時頃からちゃんこの準備に入り、18時に夕食、その後掃除や洗濯などをして、残りは自由時間となっている。 力士たちは、「関取(十両以上の地位)」を目指して、日々の稽古に励んでいる。大相撲の世界において、幕下以下の力士には給与が存在しない。その代わりに、彼らの生活費は、年6回の「場所手当」で賄われる。例えば、「序二段」の力士の場合、東京場所で7万7000円、地方場所で8万5000円が支給され、「三段目」の力士は、東京場所で8万5000円、地方場所で11万円が支給される。すなわち、番付下位の力士たちは、年間で約48〜59万円の収入をもとに暮らしている。ただし、家賃や食費、光熱費は、実質的に相撲部屋の負担であることから、基本的な生活は保証されている。また力士や相撲部屋には、「タニマチ」と呼ばれる贔■■屓■客■■■がつく慣習がある。彼らは力士を個人的に支援したり、食事に連れ出して御馳走したりする。着物を着た力士が、彼らと共に街を歩く姿を想像してみて欲しい。すなわち、文化的な「シンボル」としての役割を果たすことも、食事の席で異次元の食いっぷりを見せることも、力士の大切な仕事なのである。 相撲部屋は力士の生活の拠点でもあり、様々な人が交わる交流の場所でもある。相撲を生業とすることは、相撲以外にも様々な能力が要求される。ある力士は、「俺たちはアスリートじゃなきゃいけない」と言いながら、「力士は男芸者みたいなものですよ」とも言う。近年、COVID-19のパンデミックによって、後者のようなつながりには、一時的な断絶が生じた。再びちゃんこが振る舞われる日々は、戻って来るのだろうか。挑戦的な取り組みを続ける式秀部屋から、時代の要請に応じた新たな相撲部屋の在り方が、再び示されるのかもしれない。 19で、力士を含めた行司(勝負の判定を行う人)、床山(力士の髷を結う人)、呼出(取組で四股名を呼び上げる人)などの協会員は、各相撲部屋に所属する仕組みとなっている(筆者が遭遇した細身の少年は式秀部屋の行司であった)。 大相撲の興行体制は、基本的に江戸時代に確立したものであり、当時は多くの力士が大名に抱えられていた。次第に、興行主である相撲年寄が自ら力士を養成するようになり、明治以降、現在の相撲部屋の原型が形作られていく。このように相撲部屋とは、師匠と弟子が一つ屋根の下で稽古に励み、寝食を共にしながら生活する「家」のような場所であり、血縁関係はなくとも、父と子のような関係性(擬制的親子関係)で結ばれた職能集団である。したがって、相撲部屋の「家」制度には、少なくとも明治時代における家父長制をモデルとした当時の家族像を見出すことができる。相撲部屋の歴史を眺めると、一見して伝統的とされる生活様式は、意外にも明治時代に確立されたものであり、その内実は時代に応じて常に変化を繰り返してきたことがわかる。ちゃんこ鍋の調理の様子。この鍋はシンプルな醤油ちゃんこ。屋付き親方を務め、2013年に先代の親方から式秀部屋を継承した。ビーズ細工が趣味で、アナウンサーを巻き込んだNHKの相撲解説は、「元祖・アクション解説」と呼ばれている。 現役時代からファンサービスを大切にしてきた親方は、現在でも稽古見学に来たお客さんと積極的にコミュニケーションをとり、率先して会話を盛り上げる。さらに週末には、相撲部屋の土俵を使って、子どもの相撲教室を開催したり、地域住民を招いたちゃんこの振る舞い会を企画したりしている。部屋の支援者や地域住民との交流は、相撲部屋を継続的に運営する上で重要な実践である。このように相撲部屋の公私の境界は、その部屋を所有する親方の裁量によって柔軟に変化する。一方で、相撲部屋を生活の基本単位とする力士たちの暮らしとは、一体どのようなものなのだろうか。行司が練習した相撲字。番付表の作成は行司が担当している。式秀部屋の上がり座敷。現役時代の親方の髷が飾られている。式秀親方の振る舞い 最初に取り上げた式秀部屋の積極的な情報発信は、時代に即した相撲部屋の在り方を模索する様子として、とても興味深いものであった。この部屋で筆者がフィールドワークを開始できたこと自体が、式秀親方のパーソナリティを表していると言っても過言ではない。その意味で式秀親方は、非常にユニークな人物である。現役時代は「北桜」として、十両優勝を経験するなど、幕内力士としても活躍し、豪快な塩撒きと真っ向勝負の相撲で人気を博した。引退後は、師匠の北の湖部屋で部力士として生きる 力士になるということは、相撲部屋で集団生活を始めることを意味する。力士間の身分序列は、入門順に決まり、「兄弟子」と「弟弟子」という関係から成り立っている。式秀部屋では、週に3〜4日の稽古日があり、朝稽古は午前7時〜11時頃に行われる。稽古が終わるとちゃんこの支度をして全員で昼食をとり、午後は昼寝の時間となる。
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