*写真はすべて筆者撮影。16「兄貴」の髭を整えるザンジバルのインド系の男性。ぞれみんな別の言語を母語としていることも少なくない。一方、私がフィールドとするザンジバル諸島では、ほとんどの人がスワヒリ語を母語としている、というのが一般的な理解かもしれない。 日本にはスワヒリ語を専門的に学べる大学があるし、日本語で書かれたスワヒリ語の教科書や辞書も多数出版されている。日本でスワヒリ語をしっかりと学んでいけば、ザンジバルの人とスワヒリ語でコミュニケーションをとることもできるだろう。それは、スワヒリ語としてよく知られる言語が、ザンジバルのウングジャ島都市部の方言をベースにしたもので、ザンジバルの多くの人がこのスワヒリ語を理解するからである。 では、こうしたスワヒリ語が、ザンジバルの人のkinyumbani(「家の言葉」)かというと、必ずしもそうとは言えない。東アフリカの歴史に興味がある人であれば、ザンジバルに、アラブ系やインド系の人々、アフリカの大陸部にルーツをもつバスターミナルAshaFatumaの看板。マクンドゥチ行きのバスはここを発着している。バスのフロントガラスに記されたマクンドゥチ方言の挨拶。Jaje?「調子はどう?」と聞かれたら、Oda!「元気だよ!」と返事をする。人がいることを思い出すだろう。当然彼らの中には、スワヒリ語以外の言語をkinyumbani(「家の言葉」)としている人たちがいる。また、ザンジバルの中には、スワヒリ語はスワヒリ語でも、都市部とは異なる方言が話されている地域がある。そうした地域出身者にとってのkinyumbani(「家の言葉」)も、日本で学べるスワヒリ語とは違ったものになる。スワヒリ語には直訳すると「家の言葉」となる名詞がある。ザンジバルの人たちの「家の言葉」というとスワヒリ語だと思われがちだが、実際には、その単純化した図式では十分に捉えきれない多様性がそこにはある。「家の言葉」 スワヒリ語のnyumba「家」に場所を表す接尾辞-niをつけたnyumbaniは、「家で」「家に」という文字通りの意味を表すだけでなく、Habari za nyumbani?「おうちのみなさんはいかがですか」なんていう挨拶表現でも使われる。この表現が成り立つのは、nyumbaniという語に「家庭、ホーム」といった含みもあるからだろう。 スワヒリ語の言語名を表す名詞には、Ki-swahili「スワヒリ語」やKi-japani「日本語」というようにki-という接頭辞が語頭に現れる。このki-をnyumbaniと組み合わせたkinyumbaniという名詞を耳にすることもあるが、これはさしずめ「家の言葉」「地元の言葉」「お国言葉」とでも訳すことができるだろうか。 スワヒリ語はタンザニアやケニアをはじめとする東アフリカの広い地域で話されている。地域によっては、スワヒリ語はあくまで共通語で、それ古本 真 ふるもと まこと / AA研ジュニア・フェロー、AA研共同研究員ザンジバルの街中で マクンドゥチ方言を話す ウングジャ島南東部のマクンドゥチという地域が私の主な調査地の一つである。ここの人たちは、自分たちの土地のことをKae(カエ)と呼び、自分たちの言葉をKikae(カエ語)と呼ぶ。Kaeという語は、「昔」を意味するkaleに由来するなんて言われることもあるが、マクンドゥチ方言の古い語彙集をみると、「街」を意味する名詞が、次第に特定の地域を指すようになったのだろうと考えた方がよさそうにも思われる。もっというと、スワヒリ語の祖先であるバントゥ祖語には、*káájà「家、村」という語があったとされており、Kaeはこの*káájàに対応しているようにみえる。もし、この推測の通りであれば、元の意味から考えるに、Kikaeというのも、もともとはkinyumbaniと同じように「家の言葉」「地元の言葉」というつもりで使われていたのかもしれない。 マクンドゥチ方言は、スワヒリ語の方言に分類される。このことからもうかがえる通り、街のスワヒリ語と多くの言語特徴を共有している。ただ、だからといって、相互理解が可能かというと、そんなことは全然ない。調査許可取得のために、街の警察署やら役所なんかをめぐっていると、どこでもたいてい一人か二人は、マクンドゥチ出身の者がいて、地元の話で盛り上がるなんていうのは家ザンジバルの「家うちの言葉」
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