フィールドプラス no.29
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も挨拶しながら撮ってもらうことを決めた。有難いことに、取材は概ね順調だった。ただし、たまたま私が別の家にいたとき、ある家の主人からスタッフが少々憤慨気味に取材の仔細を尋ねられたという。その家には「県をまたぐ移動自粛要請下なので、お祓いは玄関外でお願いします」という慎重な貼り紙が掲げられていた。後で謝罪がてら訳を聞きに行くと、いつもは玄関から中に入って神楽にお祓いしてもらっているが、今年は家族で何度も話し合った結果こうなったという。家族間でも微妙な■藤があったのかもしれない。コロナに対する人びとの揺れる感情、そして取材班の存在が与える影響について、考えないわけにはいかない一件となった。 このようにして普段よりもデリケートな現場ではあったものの、年間を通じて回檀は続けられた。コロナ状況下で外出できず、楽しみも少ないなか、玄関先で厄祓いをしてくれる伊勢大神楽に、多くの人々が元気をもらったことだろう。私たちもそのおかげで、映像民族誌を完成させることが出来た。本来ならば大々的に行われるはずの総舞が縮小されたり、曲芸や獅子舞を見つめる地域の人びとの顔がマスクで覆われて表情がわからなかったりと、博物館に残す映像としては惜しい部分もあった。しかし、激動のパンデミック下での伊勢大神楽を撮ることはもう二度とないだろう。そうした意味で、大変貴重な機会となった。「それでも獅子は旅を続ける〜山本源太夫社中 伊勢大神楽日誌〜」と題した本作品は、2022年の東京ドキュメンタリー映画祭人類学・民俗映像部門にノミネートされ、東京で上映された。伊勢大神楽が江戸時代から地域を■り続けてきたこと、コロナ状況下においてもその文化が途絶えなかったことの貴重さを、この作品を通じて知ってもらえれば、と考えている。 11家族総出で獅子舞奉納を見守る (2021年1月、滋賀県愛知郡)。コロナ状況下でも総舞が行われ、子どもたちが曲芸師とチャリ師の漫談を楽しんだ(2021年4月、滋賀県長浜市)。 最も大きい変化は、多くの地域で「総舞」が中止になったことだ。総舞とは、自治会や寺社、または個人が主催して、家々のお祓いとは別に初穂料を出して行われるもので、その額によって1〜2時間程度にわたって獅子舞や曲芸が地域住民の前で披露される。大勢が集まると感染リスクにつながるため、総舞は中止になる所が多かった。ただし小1時間程度で、見に来る観客も少ない所では例年通り開催された。 また、接待の文化にも変化が見られた。地域によっては、自治会長宅や、公民館、神社の社務所において、手料理や仕出し弁当等で神楽師をもてなす風習が見られる。飲食を伴うためコロナ状況下では中止にせざるを得なかった。そもそも緊急事態宣言下では、公民館の使用そのものが制限された。そのような場合、神楽師たちは昼食場所に困ることになる。県外からの来客を歓迎しない飲食店に、大人数で押しかけることも難しい。そういうときは、旅館に戻ったり、車や野外で弁当を食べたりしなければならなかった。そんな状況でも、「わしらは今までもずっと道端で過ごしてきたから」と笑う姿に、私は改めて神楽師たちのたくましさとおおらかさを感じたのだった。作プロジェクトに頭を悩ませていた。本来、伊勢大神楽講社のなかでも中心的な役割を担う団体である山本源太夫社中の一年を撮るつもりだった。しかし、2020年度上半期は警戒レベルが高く、撮影班だけでなく私自身も出張許可が下りなかった。そのため、収録開始を同年9月末に延期し、出来る限り少人数で撮影を行った。地域では、撮影班を警戒する人もいるだろうと考え、取材の目的と責任の所在が一目でわかる説明書きを配りながら撮影を行った。現地の人々は思ったよりもほがらかで、毎年恒例の獅子舞が家にやってきてくれることを喜んでいた。さらに、飲食による接待が行われる家も案外多かった。「毎年のことなのに、何も出さないと寂しいし申し訳ないから」と神楽師に酒や肴をふるまう人々の心が、なんとも温かく感じられた。コロナ以前ならば、世の中に知らせたいもっとも素敵な場面であったが、感染の可能性やバッシングが憂慮されたため、記録だけは残しておき、発表の時を待った。 ちなみに今回、撮影を担当したカメラマン2名は、普段から国立民族学博物館の映像を多数手がける映像制作会社のスタッフである。これまでの取材では多くの場合、相手への質問は研究者から行うようにし、スタッフの音声は入れないようにしてきたという。しかし今回はコロナ状況下での取材ということもあり、カメラマンから例年通り玄関先で神楽師たちにトーストがふるまわれた(2021年12月、大阪府堺市)。獅子に赤ちゃんの頭を噛んでもらい健康を願う(2022年10月、大阪府松原市)。苦戦した「映像民族誌」制作プロジェクト そんななか、私はコロナ以前に決定していた国立民族学博物館の「映像民族誌」制

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