9「声楽アンサンブル」前期最終日の公開演奏(2020年8月)。緊張した場での演奏経験が音楽の上達には欠かせない。 最終試験の代わりにコロナ前と同じ課題曲の演奏動画を提出してもらい、前期の「小専音楽」は終了した。遠隔でも何とかできた、けれども遠隔では教えられないこともあったというのが実感だ。「何とかできた」のは初心者クラスだったことが大きい。楽譜通りに弾いているか、指づかいは適切かなど、基礎的な確認ができればアドバイスが可能だった。加えて、受講生の頑張りも大きかった。自宅で過ごす時間が長く、練習時間がとりやすかったのかもしれない。授業後のアンケートではピアノを弾けるようになったことを喜ぶ声が多数聞かれた。しかし、「同じ空間にいる他の人に向けて音を出す」「失敗を恐れずに一度きりの音楽を奏でる」という体験の場を作れなかったことは、教える側としては残念であった。15回の授業のうち2回だけ全員がZoomで集まり他の人の前で演奏する機会を設定したが、同じ空間に人がいる緊張感や高揚感が作れないもどかしさがあった。ように大勢が一緒に演奏する音楽を学ぶ授業も多く、対面授業が再開することで音楽の学びの場が戻って来たと感じた。 授業に関しては大学の方針により対面での実施が早期に実現したが、大学行事の開催はまた別の難しさがあった。毎年2月に音楽科の学生と教員が合同で企画・実施する演奏会は、入念な感染対策を講じて行ったが、こまめな消毒や換気、舞台裏の出演者の動線把握、スタッフの人数制限、客席のどこに誰が座ったかの情報管理など、通常とは異なる運営上の苦労が多かった。この苦労を演奏機会の確保に必要だからと積極的に受け入れようとする人と、授業外で演奏を行う時期ではないと考える人が衝突するなど、演奏会の開催をめぐり人間関係がぎくしゃくした。 小中学校でも学校行事の運営は同様の難しさを抱えていたと思われる。小学校の学習発表会、中学校の合唱コンクール、卒業式での奏楽など、音楽と関わりが深い学校行事は多数ある。行事を通して児童生徒が学ぶことは多いが、人が集まれば感染リスクは高くなる。この折り合いをどうつけるかは難しい課題である。市町村の教育委員会が提示したガイドラインに基づき、各学校は授業や行事の実施ガイドラインを作って、実施を判断する。2020年度は行事を最小限に抑え、学習発表会や合唱コンクールなどを中止した学校が多かった。一方で、発表内容を音楽以外に変更したり、ボディパーカッションなど感染リスクが低い音楽活動を工夫したりして学習発表会を実施した学校もあった。合唱コンクールも、学年ごとに分割開催した学校、学校の近くの屋外施設を借りて全校生徒が距離をとって歌える場を確保した学校など、対応はさまざまであった。近隣地域の学校でも、どの行事を実施し、どの行事を中止するかの判学内演奏会(2021年2月)。「弦楽」の授業発表。演者間の距離を確保して演奏した。断が異なった例は少なくない。学校により、生徒の音楽体験に差が生じた。学内演奏会(2021年2月)。客席は前後左右を空席にした「格子状」の配置とした。長引くコロナ状況下で 社会が「脱コロナ」の方策を探っているのと同様に、学校の諸活動をコロナ前の状況に戻す模索が始まっている。コロナ対応3年目の2022年度は、感染防止に気をつけながら、以前と同じ行事を同じ時期に行うようになった学校が多いが、感染防止対策には多くの時間と労力を必要とする。授業での歌はマスクをつけて歌えるようになった学校が多いが、大きな声を出して歌う感覚を忘れてしまった人も多く、またマスクを外さないと演奏できないリコーダーに関しては今年度も授業では取り扱わない学校もあると聞く。コロナ自粛の年の新入生はすでに3年生となったが、まだ校歌を一度も声を出して歌ったことがない児童や生徒は多い。コロナの影響は大きい。 音楽の授業では自分の体を使って音を出し表現することを学び、他の人と一緒に同じ音楽を聴く体験をする。そして学校行事では、他のクラスや保護者に対して、演奏発表をすることで音楽表現の経験を積む。他の人と一緒に演奏する爽快感や空間に響く音を楽しむ体験をいかに取り戻すことができるのか、学校現場の取り組みを引き続き注視していきたい。 「対面で音楽をする」ことの意味 勤務校では、専門の実技科目は7月から対面授業が認められた。8月に「声楽アンサンブル」の担当の先生から、前期最後の授業を公開演奏の形で行うと案内をもらい、筆者も教室に演奏を聴きに行った。受講生は歌う直前までマスクをつけ、聴き手は相互に十分な距離をとって座る小さな演奏会だったが、同じ空間で演者や他の聴き手と音の響きを共有して音楽を聴く素晴らしさを実感した。2020年度の後期からは、筆者の勤務校では少人数の授業は講義も含めて対面で実施可能となった。箏を学ぶ「和楽器」やインドネシアのガムランを学ぶ「民族音楽演習」のように大学の楽器を使って行う授業や、「合唱」や「吹奏楽」の
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