フィールドプラス no.27
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東京外国語大学出版会東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所i   電話042-330-5559   FAX042-330-5199〒183-8534東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600    FAX042-330-5610. 202201no27FeldPLUS王 柳蘭 : 定価本体455円+税[発売][発行]フィールドプラスパーパーと、モスクでは円卓を飾るように、手作りのごちそうが5〜6品ならぶ。カレー、はるさめ炒め、揚げ物がはいったスープ、塩味のついた豆の炒め物などである。そのうち、「これはタイ料理ではないのか?」「これはいわゆるタイでも食べることができるタイの中華ではないのか?」といった疑念がわいてくる。じつは、タイ料理やインド人ムスリムが食べる料理も円卓に混じっているのである。そうした文化の混淆を発見しつつ、調査を楽しんできた。 このほか、調査で足しげく通うようになったスポットは、モスク周辺の売店や料理屋である。ムスリムの集合礼拝が行われる金曜日のお昼には、モスクから歩いてすぐのハラール料理店にいき、地元タイ人にまじって、調査に備えるための腹ごしらえをする。中国ムスリムたちが家族ぐるみで営んできた料理店である。何を注文するのか。そこでは決まって、定番の「粑粑」を注文する。これはタイ料理のクイッティアオとは異なった麺類で、讃岐うどんのような歯ごたえがする。しかも、雲南ムスリムのハラール料理店のみで売っており、モスクの調査のたびに、どうしても食べたくなり、おかわりもする。しかも、この「粑粑」はさきにあげた儀礼の時にはあまりにも日常的なメニューすぎるのか、円卓にはほとんど登場しない代物である。私がとくに好んで食べることを知ってか、レストランのオーナー家族は調査を終えて日本へ帰る時に「粑粑」の乾麺を贈ってくれたこともある。さらに、その■が広がり、オーナー家族の親戚の一人が日本に来た時には、「粑粑」の乾麺を塊で手土産にもってきてくれた。こんな風にして次第に打ち解けた仲となった。食を通して人間関係がどんどん広がっていく。これこそが、フィールドへの道を拓く第一歩かもしれない。 チェンマイタイバンコク*写真はすべて筆者撮影。チェンマイにあるモスクのイベントで並べられた料理。チェンマイにある中国ムスリムのレストラン。 コロナになりフィールドがなんとなく遠くなってしまった。原稿依頼をうけ、手元にあるフィールド写真をパソコンで開けてみた。懐かしいなと感じつつも、コロナのため、行くに行けない悔しさがこみあげてくる。タイ、ミャンマー、台湾…。私は中国ムスリムの人たちを調査してきた。しかし、中国ムスリムといっても、私が付き合ってきた人たちは中国には住んでいない。故郷を離れ、いわゆるディアスポラの共同体を各地に築いてきた。東南アジアに移住してから長い人で100年の歴史をもつ。 このムスリムたちの出身地は中国の西南部にある雲南省である。私の調査地の一つLiulan Wang-Kanda / 同志社大学であるタイ北部のチェンマイは、きらびやかな上座仏教の寺院で有名な観光地であるが、一歩小道に入ると、中国ムスリムの人たちが建てたモスクがある。移民としてタイに暮らし始めた一世たちによって建てられたもので、タイ語やアラビア語にまじって、中国語の文字も目につく。そして、彼らは定着する過程で、タイに故郷の食文化を持ち込んできた。 私の調査時の最大の楽しみはなんといってもその郷土食を味わうことである。そのため、いつもアンテナをはりながら、何か珍しい料理が出てこないかと歩き回っている。モスクはもっとも頻繁に出入りする場所の一つであるが、そこではしばしば儀礼食に出くわす。そんな時は、フィールドワークにおける日常の孤独と空腹感がみたされ、調査にもがぜんやる気がでてくる。とりわけ、ムスリムたちがコミュニティで大切にしている結婚式や断食月などになるパーパーヌェー(牛肉入りパーパー)。モスクのとなりの中国ムスリム雑貨屋。フィールドワーカーの中国ムスリムとの出会いスポットタイ・チェンマイの雲南料理店

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