でありジャワ暦のポンである場合、水曜日とポンが一致する日は7掛ける5の35日に1回やってくる。その日は「良い日」とされている。 調査地では、35日ごとにめぐる水曜日のポンになると必ず開催される地元のイベントや、ルギとポンだけ開く市場がある。その一方で、毎月第3火曜の午後2時から開催される村の住民の集会がある。フィールドワークを始めた当初、慣れない私はカレンダーを確認しないとついうっかり調査の約束をした日を間違えてしまうことがあった。また、今日はどうもバスの本数が普段より多く乗客も満員だと思うと、どうりで、その日が市場の開くルギやポンだと気づくことがあった。 ジャワ人の行動は複数の暦に規則づけられているのだ。とりわけ、ジャワ人は特定の儀礼について、暦に従った「良い日」を選ぶように心がけている。 誕生にまつわる儀礼 フィールドワークでは、村の人びとの家を回って話を聞くことが多い。ある日、私は訪れた家で戸口の脇に穴が掘られているのを目にした。その日は、家の一部を修繕していると思っていたが、数日後に今度は別の家で戸口の脇に土が高く盛られ何かが供えられている様子を目にした。いったい何のために家の脇に穴を掘るのだろうか。その理由を知って、日本とは異なる状況に私の好奇心が膨らんだのを思い出す。それらの家には生まれたばかりの赤ちゃんがいるのだった。 かつて出産は、伝統的な産婆に介助され家庭で行われていた。しかし、現代ではほぼ全ての人が病院や保健所で出産するようになった。出産をめぐる時代は変わっても、ジャワ人は出産すると子供の誕生を記念するための大切な行事を執り行う。それらはブロコハンやププタン、スラパナンと呼ばれるジャワの伝統的な慣習で、生まれてきた赤ちゃんへの感謝を表すものだ。 ブロコハンはアラビア語のbarokah(祝福)を起源としていて、神が赤ちゃんの誕生を祝福してくれることを期待するもので、また、安全な出産であったことを神に感謝する意味もある。一方、ププタンはジャワ語で臍という意味から名付けられていて、赤ちゃんが安全で健やかに育つことを願い、臍の緒(臍帯)が母体から切り離された後に行う行事だ。ブロコハンやププタン、この後述べるスラパナン儀礼は、先祖代々にわたって行われてきたジャワの伝統と信念に基づいていて、それはイスラムの概念や考え方、超自然界に対する人びとの見方と融合している。 通常、赤ちゃんは母親の胎盤と臍の緒でつながっていて、子宮の中にある羊水に守られながら大きくなる。そして出産に際し、ジャワ人は、赤ちゃんより先に外の世界に出てくる羊水を赤ちゃんの兄や姉、赤ちゃんより後に外の世界に出てくる胎盤を赤ちゃんの弟や妹と信じている。つまり、胎盤や臍の緒は赤ちゃんの分身であり、人びとには「キョウダイ」だとみなされているのだ。そのため、胎盤や臍の緒は、バナナの葉などで包まれて大切に家に持ち帰られ、生まれた赤ちゃんが男児なら家の戸口に向かって右側へ、女児なら左側へ埋められる。そして、両親は一晩中松明を燃やし明かりを絶やさないようにする。また、毎日水や食べ物を供えて世話をする。それは、次に行うスラパナン儀礼の終了後も1か月以上続く。 つまり、私が訪問した家で見かけた戸口の脇の穴には、赤ちゃんの「キョウダイ」である胎盤や臍の緒が埋められていたのだ。このように、盛り上がった土や灯された明かりを見れば、赤ちゃんが無事に誕生したことや赤ちゃんの性別が誰の目にも一目でわかるのだった。 スラパナン儀礼 誕生を祝う料理には、必ず作らなければならない決められた品がある。私は朝4時に起き、料理を作るために必要な材料を買うため、赤ちゃんの母親と叔母と共にバスに乗って市場へ向かった。早朝だというのにバスも市場も作物を卸す人や買い物のために大きな籠を抱えた人でひしめき合っていた。 出産直後に行われるププタン儀礼では赤糖を混ぜて作る甘い粥とココナッツミルクや塩を混ぜて作る白い粥を一つの皿に盛りつけた紅白粥が準備される。一方、赤ちゃんが誕生した日から35日目の「良い日」に行われるスラパナン儀礼では、白飯とさまざまな野菜をすりおろしたココナッツで味付けした料理が作られる。これらの料理は、近所の女性たちが協力して大量に作女児が生まれた家では、戸口に向かって左側に明かりが灯る(2015年)。胎盤や臍の緒が埋められた場所に供物を捧げる。現代ではコンクリートで固め電気をつけている(2015年)。スラパナン儀礼で振舞われる料理(2015年)。21
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