19ザンジバル、ストーンタウンの街角では、本は建物の一部が椅子状になった「バラザ」と呼ばれる場所で売られることが多い。と変わらず、スワヒリ語だけではなく英語の文学作品もそろう。一方、個人経営の街角の書店や屋台では、本はしばしば文房具やおもちゃなどと共に雑多に並べられ売られている。特にハウツー本の種類は多様で、値段も安い。ストーンタウンの屋台には、オレンジ数個分ほどの安価で販売されている小冊子も目立った。私の研究対象であるケジラハビの本などの文芸作品は、大型書店でも見当たらないことが多かった。 調査途中で出会ったタクシー運転手、ツアーガイド、土産物の行商人、中学校教員、主婦、洋裁店の店主、大学生といった人々との会話からも、得るものがあった。人々が買ったり読んだりする本は、教科書や宗教関係の本、技術書がほとんどであった。私は当時の研究対象であったケジラハビがタンザニアを代表する作家であると認識していたが、現地では、大学の文学部関係者以外の人々には名前すら知られていなかった。読書は現実世界に役に立つ何らかの教えを得るためにするという考えが一般的で、文学研究の対象になるような文芸作品を読む層は限りなく薄かったのである。か、『我が子を読書好きにするための99の方法』といった本は、当たり前のことをさも有難い教えであるかのように繰り返してページ数を稼いでおり、日本語のハウツー本にも見覚えのある特徴を有する。前者では、「人と自分を比べない」、「話すよりも聞く」など、後者では、「身近に本のある環境をつくる」、「読み聞かせから始める」などである。『男の精力は食事、果物、運動により21日間で回復させることができる』(R・S・モンバ、出版年不明)は、21日間の行動と食事制限を指示する指南書である。例えば、以下は最終日の朝食である。「熟したバナナを3本食べる。20分後、地鶏のゆで卵二つと、4本の生のニンジンを食べる」(39ページ)。生のニンジン4本という無茶な指示は、馬のご利益を期待してのものだろうか。妙な厳密さにおかしみがある。同様の本、『男の精力を回復させる食事』(K・I・ゼファニア、2014年)は、精力の回復を願うことはイスラームで許されるのかという議論を含み、宗教への配慮が見られる。「玉ねぎと蜂蜜のスープはバイアグラ超え!」(54ページ)という一文には苦笑させられるが、裏表紙には、既婚者のみが読むべしという戒めが記されている。 タンザニアの最高学府であるダルエスサラーム大学の現役学生が書いた『なぜ君は失敗するのか?―学業と試験で勝利する方法―』(A・チェンチェ、2016年)は、スワヒリ語ならではの特徴を有している。情報が、ことわざや金言、たとえ話でごてごてに飾り立てられているのである。少し長くなるが、例として一部を引用する。「あなたに必要なのは、希望と忍耐を持ち、絶望しないということです。このことをよく認識しておくことが重要です。これこそが日々の成功のための肝なのです。シロアリを見てごらんなさい。あなたの指の半分の長さにも満たない小さな虫ですが、アリ塚を作り上げる能力を持っています。アリの群れが小川を渡るときには、互いの身体を噛み合い連結して橋になるのです。こんなことわざがあるでしょう。『一本の指では虱をつぶせない』。力よりも知恵の方が上、そうなのです、力よりも知識の方が上なのです」(2ページ)。一事が万事このような調子なのだが、我々にはピンとこないたとえも多く、何かごまかされているような気もする。ことわざ等の多用や、語り掛けるような文体が印象付けるのは、口承文芸との非常な近さである。他者を説得する弁論術は、スワヒリ語を始めとするアフリカ諸語の十八番だが、ハウツー本でそれが発揮されているところが興味深い。文字文化への口承文芸の侵入とも捉え得るだろう。本稿で取り上げたハウツー本の表紙。本と人との関係 現地の書店めぐりからは、図書館の本を研究しているだけでは見えない本と人との関係が浮かび上がった。文学研究の対象となるような文芸作品の知名度は低いものの、人々は確かに本を買い、読書をしていた。また、ハウツー本からは、人々の願いとそれに寄り添う(つけ込む?)商魂の普遍性が読み取れる一方、口承文芸の影響力が強い社会ならではの特殊性も見られた。書店をめぐり、最も人々に近い本に触れることでのみ見えてくる社会の一面があるのかもしれない。 ハウツー本のタイトルあれこれ『125の夢の解釈と救われるための祈り方』『愛する人を亡くしたら』『敵を倒して億万長者になるための26の方法』『良きビジネスの特徴と評判』『商業的なお茶の育て方』『行動から始めるベンチャービジネス』『ナツメヤシの効力』『早めに叶うお祈りの方法』『子どもが生まれた時にするべきこと』ハウツー本あれこれ 実際に購入した本の中から、比較的安価で、多くの人に読まれやすいと思われるハウツー本に焦点を当ててみよう。いずれも古本と思われ、日に晒されくたびれた外観をしている。ページをめくると、印刷のずれや誤字脱字が目立ち、インターネットから勝手にコピーペーストしたと思われる解像度の低い写真が並んでいたりする。では、いくつかの本の中身を見てみたい。 『あなたの人生を変えるための100の方法』と
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