15潘家園旧貨市場の一角に並べられた線装本。研究図書館)に行った時、何の気なしに書庫から出してもらったら、中身が口語体の中国語だったので飛び上がるほど驚いた。慌てて複写を申請し、帰ってから調べてみると、この本に関する先行研究がほとんどないことがわかり、これは自分が学界に紹介しなければ、という気になった。ソウル・仁寺洞にある古本屋・承文閣。高麗大学校博物館所蔵の『象院題語』の版木。右下に欠けた部分を補った跡がある。ソウル大学校構内にある奎章閣。王室関係の重要文書などが収められている。が展示されていたが、そこに何と『象院題語』の版木もあったのである。 『象院題語』の版木があると知ったら、急いで確認しなければならないことがある。それは最後の2葉に相当する部分の状態である。かつて書いた論文では、ごくわずかな違いではあるが、この2葉分に関して『象院題語』のテキストが二つの系統に分かれることを述べるとともに、その違いが生じたのは、版木の一部が欠けて補■板■■したことによるのだろう、という予想を記していたのだ。 前日に奎章閣で見たテキストのイメージが湯気を立てそうなくらいホットな状態だったので、どれが目当ての版木かはすぐにわかった。その部分を見てみると…あっ、やっぱり補板した跡がある!杉山さんにはこの予想について話してあったので、「ホラ!言った通りでしょ!」「すごい、ホントですね!」と二人で手を取り合って大騒ぎになった。関係の論文を集めて韓国で出版した『象院題語研究』。おわりに 研究者にとって、自分がかつて立てた予想が証明されるというのはこの上ない喜びであり、ほんの些細なことではあるけれども、今回そんな胸の震えるような瞬間が訪れたわけである。あの悔しさがなければ、ここまで『象院題語』に執着することもなかっただろうから、これは神様の思し召しかもしれない。図書館と古本屋と博物館をめぐる文献探索の迷宮からは、これからも逃れられそうにない。 古本屋の目録 その翌日のこと、机の隅に積み上げてあったさる古本屋の目録を眺めていたら、何と『象院題語』が載っているではないか。しかも大した値ではない。関心がなかったから、今まで視野に入ってこなかったのである。即座にその古本屋に電話をかけ、つとめて平静を装いつつ、この本を買いたいので押さえておいてほしいと伝えた。その晩は、論文の末尾に「なお、本研究には架■蔵■■本■■を用いた」という一文を加える自分を想像して、にやけつつ祝杯を挙げた。 ところが翌日、件の古本屋から電話がかかってきて、昨日の本は倉庫に見当たらないという。ふざけるな、だったら何で目録に載せているんだ、と湧いてくる怒りを押し殺しつつ、いやいや、もう一度よく探して下さい、お願いします、と何度言っても埒があかない。思い余って、今からそちらの倉庫に行くから自分に探させてくれと頼み込んだが、そんな無茶が受け入れられるはずもなく、泣く泣く引き下がるしかなかった。その夜は悔しくて一睡もできなかった。 嘆いていてもしょうがない。原本を所有する夢は潰えたが、この本は東洋文庫の他にも、東京外国語大学附属図書館、東京大学の小倉文庫、天理図書館などに所蔵されていることがわかり、友人の協力でソウル大学校の奎■■■■■■■章閣に所蔵される同書の複写も入手できたので、その年から翌年にかけていくつか論文を書いた。博物館で版木に対面 その悔しさも忘れかけた2010年、思いもよらない幸運が訪れる。その夏、ソウルの高麗大学校で学会が開かれるのに合わせ、当時ソウル大学校に留学中だった杉■■山■■豊■■■氏(現京都産業大学)の協力を得て、前日を奎章閣所蔵本『象院題語』の調査にあてた。その後出席した学会では、最終日に高麗大学校博物館の見学というプログラムが組み込まれていて、同館に所蔵される司訳院旧蔵の版■■木■
元のページ ../index.html#17