フィールドプラス no.26
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図2 「太陽」 類似の語構成パターン(アジア言語地図)リュウキュウアカショウビン(カワセミ科)。本語でも、「太陽」を意味する「ひ」は、「一日」や「昼」、「日光」の意味ももっている(例:日が経つ、日が長い、日が差す)。さらに、「ひる(昼)」という語の一部となっている。中国語でも、riは「一日」という意味で使われている。 アジア言語地図で見られる、もう一つの興味深い現象は、よく似た語構成パターンの連続分布である。インドネシア語で「太陽」のことをmata hariという。これは「目+日」という語構成パターンで、後ろが前を修飾している。先に述べた意味の拡張で多義語になったのを補正するために、このような複合語の生成が促された可能性がある。「目+日、目+空、目+神、ランプ+日」のような類似するパターンが、東南アジアを中心に分布するオーストロネシア語族、オーストロアジア語族、クラ・ダイ語族などに見られる。一方、中国語やチベット・ビルマ語派、さらに離れたチュルク語族には、前が後ろを修飾する「日+目、日+孔(あな)」のようなパターンがある。(チュルク語族を除き)両者の分布は連続している(図2)。 「ひ」は、シ・シュ・フなどの訛りがある場合もあるが、「おひさま」の他、「おひさん・ひさま・ひさん・ひどん」やその変種が本土側を中心に分布する。沖縄県国頭郡には「おひ」に対応する「うふぃ」がある。本土方言の-oが琉球方言では-uとなる対応の結果である。 「天道」は、本土方言ではほぼ「てんと・てんとう」となっているが、熊本に「おてんど(う)さま」がある。「(お)てんと(う)さま/さん/はん」と多くは敬称である。「てんと(う)」の本土方言での分布は連続的でなく、伊豆三宅島や奄美にもあることに注意したい(なお、地図に示していないが、八丈島で「てんとうさん」は「月」を意味するそうである)。琉球方言では「てぃだ」とその変種の「てぃだん・てぃら・した・しな」が分布する。これらの語が「天道」に由来するかどうか、かつて議論があったが、今は「天道」由来で決着している(『日本国語大辞典』でもそう扱っている)。「てぃだ」の系統が古くに琉球に入り、その後本土系の「てぃんとう」が伝わって奄美の喜界島・徳之島・沖永良部島で使われるようになったと考えられる。 「日天・日輪・今日」は「天道」に比べて新しいと考えられ、かつて都があった関西を中心にそれぞれ広がっていったような分布を示している。なお、『日本国語大辞典』によれば、「今日」は、今日われわれを照らす太陽の意である「こんにちの天道さま」に由来するようだ。「こんにち」だけの使用例はなく、「天道・日天・日輪」と異なり、必ず敬称とともに使われる。 全体として、「ひ」が古く、その後に「天道」が広がり、「日天・日輪・今日」が続いたと考えられる。また、太陽信仰から、敬称の付いた語が広く使われていることがわかる。アダン(タコノキ科)。図3 「太陽」の方言(『日本国語大辞典』第二版) チュルク語族モン・ミエン語族中国語チベット・ビルマ語派クラ・ダイ語族オーストロアジア語族琉球方言地域方言の境界線がひかれ、それ以南で琉球方言が話されている。この琉球方言地域は琉球文化圏でもある。たとえば、妹が兄を守護すると信じるウナリ神信仰のある社会である。しかし、奄美は沖縄と同じではない。琉球王国の支配を受ける前の奄美世の時代、琉球王国の支配を受けた那覇世の時代、17世紀初頭の■摩の琉球侵攻後の■摩藩による支配の時代と、複雑な歴史をもっている。そうした中で本土と沖縄の両方から影響を受け、音楽などでも独特の文化が育まれている。 学生時代に奄美徳之島を初めて訪れてその方言に興味をもち、初めは語彙の聞きとり、後には文法の研究のため、中断期間はあるものの何度も島に行った。地元の方言研究者たちとの共同研究で徳之島方言辞典を作成し、島の方言地図を何枚も作った。たとえば、起源の異なる親族名称が何層にも重なりあうことを示す地図や、動詞のラ行五段化という活用体系の変化の過程がかいまみられる動詞の連用形や禁止形の分布図を描いた。けれどもまだまだわからないことがある。あともう少し、島のことばの探求を続けたいと思っている。 (Esri USGS|Esri, Garmin, FAO, NOAA|Esri, HERE)(Esri, HERE)凡例↑ 前が後ろを修飾↓ 後ろが前を修飾オーストロネシア語族 本土方言地域凡例 ひてんと(う)てんど(う)てぃだにってんにちりんこんにち5日本語の方言における「太陽」 『日本国語大辞典』第二版には、方言も使われている地名とともに記されている。「太陽」を表す語の方言についてArcGIS Onlineを用いてその地図化を試みた(図3)。地図化したのは「ひ・天道・日輪・日天・今日」とその派生語である。「太陽」という語は書き言葉として認識されているので、方言としては出てこない。 日琉祖語から日本語と琉球語が分岐したという言い方もできるが、ここでは方言学の枠組みでとらえると、日本語の方言は本土方言と琉球方言に二分できる。琉球方言は、鹿児島県の奄美大島以南の奄美群島と沖縄県に分布する。かつての琉球王国の領域である。「太陽」の方言地図でも、本土と琉球の違いが明瞭に現れる。奄美のことばと文化 鹿児島県のトカラ列島と奄美群島の間で

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