フィールドプラス no.26
32/32

上越新幹線線幹新北線東神 流 川秩父 : 定価本体455円+税東京外国語大学出版会東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所. 202107no26FeldPLUS新幹北陸i   電話042-330-5559   FAX042-330-5199〒183-8534東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600    FAX042-330-5610[発売][発行]フィールドプラス群馬県富岡製糸場上野村よりみち川越東京外国語大学東京利 根 川熊谷*写真はすべて筆者撮影。手持ちのクロッキー帳に色鉛筆で描いたスケッチ。じーっと観察していると石の中に様々な色や模様が見えてくる。左上、右上に見える青緑に白い縞模様が入った石は三波石と思われる。オオルリ♂。声も姿も美しい夏鳥!  私のよりみちスポットは河原や森である。アジア(特に日本)の美術を研究しているので、美術作品のモチーフや画材の製造方法などを調べるために、国内外の博物館や美術館、資料館、工房、工場をたびたび訪れる。その際、事前に調べて、得られる結果に見当をつけてから向かう。それゆえ、せっかく現地を訪れても、予想と照らして答え合わせをしているような時があった。いしぐろ ふみよ / 小田原短期大学、AA研教務補佐員山道から見た渓流。マイナスイオンたっぷりという感じ。だからよりみちをして、頭と感覚を解放したくなるのだろうか。今回は富岡製糸場へ向かう道中で立ち寄った、群馬県多野郡上野村のよりみちを取り上げてみたい。 立ち寄ったのは2019年5月だった。上野村を流れる神■■■■■流川を見ようと、車を止めて河原に降りた。すると、高くて澄んださえずりが聞こえる。姿が見たくて息を潜めていると、オオルリと呼ばれる青い鳥が枝先に現れた。スズメ目ヒタキ科の夏鳥である。声も姿も美しくて見惚れてしまった。しばらく河原を歩いていると、今度は青緑の石に目がとまった。灰色の石に交ざって転がっている。川の音も心地よかったので、しばらく川に転がる石や水面をスケッよりみちルート:秩父から外れて上野村へクロッキー帳をふたたび取り出して描いたスケッチ。雨なのに日が差し込んでいるため、苔が瑞々しく見える。チすることにした。後で調べてみると、目にとまった石は、三■■波■石■■(と通称される緑色片岩類)のようだった。スケッチが終わると、流石に河原にも飽きてきたので、車に乗り込んで移動した。山道の脇に車を止めると弱い雨が降りはじめた。木を覆う苔が水分を含んで青々としている。先ほどしまったクロッキー帳をふたたび取り出して、静かにスケッチをはじめた。瑞々しい苔とゴツゴツした木の表皮のコントラストが印象的であった。 2時間程度のこのよりみちは、言葉で綴るとたいしたことはないのだが、感覚的には豊かな時間であった。鳥や石、木に限らず様々な対象のアフォーダンスを全身で感じとっていたからだ。アフォーダンス(affordance)とは、「もたらす・提供する」という意味のアフォード(afford)からつくられた J. J. ギブソンによる造語である。空気のような媒質や物質、面、対象、場所、動物が、特定の動物に対してもたらす情報のようなものをいう。河原にはパノラマ的に広がる空間があり、湿気があり、魚や虫もいた。石に注目した時は、色や形といった視覚情報だけでなく、靴を履いていても足の裏で石の凹凸という触覚的な情報を感じとることができた。そのうえ、川が流れる音は石が上流から運ばれる様子を想像させた。そして、この豊かな体験を記録するには、言葉や写真ではなく、手描きのスケッチが最適だと思われた。スケッチは視神経で知覚した光刺激だけでなく、触った感触や様々な角度から見た対象、考えたことまで記録できる。だからこそ、写真と違って注目したものが選択的に描かれるのであろう。改めてこのよりみちを振り返ると、頭と感覚を解放するというよりも、むしろ丁寧にその場の情報を受け取ることを大切にしていたように思う。 アフォーダンスを感じとれる場所フィールドワーカーの石黒芙美代

元のページ  ../index.html#32

このブックを見る