フランソワルトンはカルスト台地の急峻な崖で生活している。峨眉山のチベットザルは厳しい冬の寒さの中で生活している。ウンナンシシバナザルは白黒のパンダ柄とたらこ唇がトレードマーク。フランソワルトンの調査風景。助け合うことはないが、チベットザルでは、オスたちが助け合うことがあるようだ。チベットザルはニホンザルと同じ複雄複雌群だが、フランソワルトンやウンナンシシバナザルは群れにオスが一頭しかいない単雄複雌群であるという違いもある。このように、ヒト以外の霊長類にもそれぞれの種ごとに異なる群れの形や社会がある。 私たちヒトの社会の特徴とは何だろう。霊長類学はこの問いを追求していく分野である。もしかしたら、私たちがヒトに特有だと思っている特徴が、実は他の霊長類にも見られるかもしれない。ヒトの社会を知るためには、ニホンザルを含め世界中の様々な、ヒトに近縁な霊長類の社会を知り、その共通点や相違点を探ることが必要である。フィールドワークによって、霊長類の社会を丹念に調べることで、その起原や進化の過程に迫ることができ、ひいては私たちヒトのことを理解することにもつながると期待している。 25オスたちの緩く長い付き合い 先ほど、オスの中にはどの群れにも入らず、オス同士でグループを作る個体がいることを紹介した。このような、群れの中にいないオスは「群れ外オス」や「ハナレオス」と呼ばれており、その行動はこれまでほとんど知られてこなかった。群れ外オスを長期間観察した結果、彼らは年齢の近いオス同士で、まとまりの緩やかなグループを作ることが分かってきた。 メスを中心とする群れがまとまりを保ちながら生活しているのに比べると、オス同士のグループでは、メンバーの多くがまとまって行動しているときもあれば、ばらばらに離れて、いわば好き勝手に行動していることもあるようだ。かといって、烏合の衆といったようなただの寄せ集めのグループではなく、グループを作るオスの顔触れは決まっているし、その中でも特定のオス同士のあいだで長きに亘って強い仲良し関係が維持されることもある。人間でも、若い男性たちが互いに「つるみ」、そこに仲間意識を感じたり、会わない期間があっても友情が続いていたりするが、それと同じように、ニホンザルのオスにも相手に応じた様々な付き合い方が見られる。 仲が良くても助けない!? 人間は、他者と協力し合ったり、助け合ったりするという特徴を持っている。これが人間だけに見られる特徴かというと、実はそうではない。人間以外の霊長類でも誰かを助けることはもちろんある。ただ、ニホンザルの場合にはそのような行動は、もっぱら血縁者間で見られる。つまり、母親と娘、あるいは、姉妹間でお互いに助け合うような行動が見られることが多く、オス同士ではそのような行動はあまり見られない。 実際に私が研究対象としていたオスたちの間でも、仲のいいオスが誰かに攻撃された際に助けに行くという行為はほとんど見られなかった。ニホンザルのオスは優劣関係、すなわち個体間の力関係がとてもはっきりしているという特徴がある。そのような場面では、誰かを助けに行っても自分が返り討ちにあってしまう可能性がある。そのため、仲のいい者同士であっても、助け合いが見られないのだろう。 研究の発展:海外のフィールドへ、ヒトの進化へ これまでに紹介してきた研究が一段落ついたところで、幸いなことに海外の大学で研究職に就くことができ、2017年からの3年間、中国に生息している霊長類の調査をしてきた。ご存じのように、中国は広大な面積を持ち、北部の砂漠地域から、南部の亜熱帯性森林に覆われる地域まで多様な環境がある。現在、中国本土には20種の霊長類が生息するとされ、同じ地域に複数の霊長類種が生息しているところもある。私は現地の大学の研究者や学生らの協力を得ながら、四川省峨眉山のチベットザル、広西チワン族自治区扶綏のフランソワルトン、雲南省麗江市塔城のウンナンシシバナザルといった霊長類の観察を行うことができた。 これらの種には、ニホンザルと同じような社会的な特徴もあれば、全く違う特徴も見つかっている。例えば、前項で紹介したように、ニホンザルのオスたちは、互いに
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