フィールドワーク事始め 「北を目指せ。地形をよめ。」 2002年4月、私が野生のニホンザルを観察するために宮城県の金華山を初めて訪れたとき、調査の寝泊りに利用していた小屋に、このように書かれたメモが残されていた。島の北側にいる群れを観察してはどうかと勧められていたこともあり、調査するエリアの位置は事前に把握していた。しかし、現場の地形や森の様子、そこでどのような調査をするのかまでは、当時の私には全く想像することができなかった。このメモを見た瞬間、地図とコンパスと自分の勘だけを頼りに、いよいよニホンザルの調査に挑むのだということを実感した。その後の山歩きで何のトラブルも起きなかったかというと、もちろんそんなことはなく、登山道を歩いていたはずが、いつの間にか道を外れ、人の踏み跡はおろか、戻る道についても確信がなくなってしまった。遭難したのではないかと焦る気持ちを落ち着かせるように何度も地図を眺め、両手を使わないと登れないような急斜面をよじ登った先に、探していたニホンザルの一群がいた。あのときの光景は今でも鮮明に思い出せる。 そのときから金華山に通い始め、いつの間にか20年近くが経とうとしている。私は多くの時間を、とくにオスたちの社会的な関わり方を調べることに費やしてきた。もちろんニホンザルにはオスもいればメスもいる。その中で、なぜオスなのか。それを説明するために、まずはニホンザルの一生について簡単に紹介しよう。 メスの一生・オスの一生 ニホンザルは性的に成熟したオトナのオスとメス、そしてコドモたちで構成される群れを作って生活している。このとき、一つの群れには複数頭のオスとメスがいるのが普通で、このような群れをとくに複雄複雌群と呼ぶ。メスは生まれた群れを離れることはなく、一生同じ群れで生活する。そのため、母親や姉妹など血縁者とのつながりが非常に強いのが特徴である。 一方、オスは、人間でいう思春期を迎えるころに、生まれた群れを出て行ってしまう。その後は、他の群れに入ったり、どの群れにも入らずに、同じような立場のオス同士でオスだけのグループを作ったり、一頭で群れ生活を送るニホンザルの中には、一頭で行動したり、同性だけでグループを作ったりするオスがいる。彼らは、群れの外でどのような関係性を築いているのだろうか。群れを離れたオス同士の関係性に、フィールドワークから迫る。過ごしたりという生活を生涯にわたって続ける。生まれた群れを離れるため、メスに比べて、オスは血縁者とのつながりが薄くなる傾向がある。このようにオスとメスでは一生の過ごし方が全く異なっている。メスは、一つの群れで血のつながりがある相手と過ごし、オスは、同じ群れにとどまらず、生活する場所や付き合う相手を変える。いわば放浪生活を送るのである。 このようにメスが群れに残る社会の特徴を母系と呼ぶ。それとは反対にオスが群れに残り、メスが群れを出ていく場合は父系と呼ばれ、チンパンジーがその代表格である。母系の霊長類ではメスがその社会の中心となることから、研究対象はメスの生態や社*写真はすべて筆者撮影。ニホンザルのオスはどの群れにも加わらず、オスだけでグループを作って生活することがある。ニホンザルの母・娘関係はとても強く、生涯にわたって続く。23フロンティア「放浪」するオスたちニホンザルのオス集団とその関わり川添達朗 かわぞえ たつろう / AA研研究機関研究員
元のページ ../index.html#25