フィールドプラス no.26
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代表的な妖怪研究書の一つ、柳田國男の『妖怪談義』(1956)は、目に見える妖怪の姿よりも「音」や「声」のほうを重視していた。日本に伝わる妖怪の数は計り知れない。多くの妖怪事典が出版されているが、姿が明確なものは、やはり多くない。は大半が文字だけで、画像があるとしてもせいぜいブレた写真ばかりだったが、英語圏ではりっぱな動画が作られ、ときにはライブ配信があるなど、なかなかに凝っている。 探してみると、似たような状況に陥ったアカウントがいくつも見つかった。いずれも都市部が舞台となっている。なかには「#arg」(ARG=代替現実ゲーム)というタグがはじめから付いていて、分かる人には分かるものもあったが、それでもコメント欄を見るとかなり本気になって心配している人々もいた(バズった動画ならば日本語のコメントも多い)。擬似的なフィールドワークというわけではないが、筆者も単に「観察」するだけではなく、ときどきコメント欄に書き込んでみた。フォロワーが多い他の異世界実況系アカウントの動画も、日本語のコメントが多かったので、状況をつかめていない人向けに「似たような状況にはまりこんだアカウントが少し前にもありましたよね」とコメントし、他のユーザーの疑問にも応答していたところ、540以上の「いいね」をもらってしまった(1つ目のQRコードのリンク先参照)。このアカウントはいつのまにか見知らぬ建物内(出口がどこにもない)をさまよっていたというものだが、#argタグがついている。TikTokの@the_exits_are_missingというアカウントが投稿した「異世界」からの動画。出口のみつからない室内に閉じ込められてしまい、ようやくそれらしき出口を発見したが、ある事情により脱出できないことが分かったという内容。ログインし日本語環境で閲覧すると、コメント欄の上のほうに筆者(「かんなにらせ」)のコメントが現れる。2021年6月21日時点で3000万回以上閲覧されたTikTokの心霊動画(投稿元アカウントは@4thwall2020)。夜間、神社と思しき施設で、誰もいないにもかかわらず、ワイヤー錠が激しく動いているという内容。TikTokの@where_is_the_skyというアカウントが投稿した「異世界」からの動画。これも3000万回以上閲覧されたもので、階段を黒い影が駆け上がってきたので必死で撮影者が逃げるという内容。何の前触れもなく、どこかで突然バグってしまう、そして何事もなかったかのように平常運転を続けてしまう、自分がいきなりまったく見知らぬところに放り出される、そういった「可能性」を、見る人につきつけている。たとえば2020年、世界各地で行なわれたロックダウンによって生じた都市景観は、無人の異世界と酷似している。ふつう、建物のなかになら人がいるはずだが、もし内側にも誰もいなかったら? 異世界からの実況が流行っているのは、そうしたイメージのしやすさがパンデミックにうながされたから、というのもあるだろう。 おそらく、マスメディアと関係のない個々人が心霊スポットなどの怪奇的空間を実況・報告し、それを不特定多数の人々が閲覧して共有するという経験は、SNSによって初めて可能になったものである。とりわけ異世界実況は、投稿者の匿名性と動画編集技術の大衆化によるリアリティの増強、そして無数のコメントが■り立てることによって成立した、新たな恐怖と■解きのフィールドであろう。前近代の妖怪たちは西洋科学の啓蒙のなかで消え去っていったが、21世紀に入ってもなお、不思議で怪奇的なものは装いを変えて現れているのである。 19異世界からの実況 そうしたなか、たまたま見つけたのが、一見すると何の変哲もない屋内や都市の風景が表示されるだけの一連の動画だった(言語は英語)。とくに人物が映っているわけでもない。しかしバズっている(三千万回以上再生されている)。どういうことだろうと思い、投稿者の動画をさかのぼってみると、やはり同じような動画ばかり載っている。ただ、どれにも人がひとりもいない。最初の動画(2020年11月28日)に付されたキャプションを見てみると「午前11時なんだけど、太陽が昇ってない? アパートに誰もいない?」とある。よく見てみると、確かにどの動画も暗い。最初に出くわした動画をもう一度見てみると、階段から「何か」が駆け上がってきていた。投稿者はどうやら、それが人ならざるものであると言いたげだ。つまりこれは、「自分だけがまったく見知らぬ異世界に放り出された」状況だったのだ。人ならざるものは眼光だけだったり恐ろしげな声だけだったりした。 異世界からの通信といえば、2004年1月の深夜、巨大ネット掲示板「2ちゃんねる」(現・5ちゃんねる)のオカルトを話題にしたスペースで、電車に乗っていたら見知らぬ駅(きさらぎ駅)に着いてしまい、戻り方がわからない──という投稿があり、最終的に実況が途絶えたことがあった。2010年代以降、「私も見知らぬ駅に迷い込んでしまった」という実況投稿が流行りはじめ、2021年も「5ちゃんねる」でいくつか報告がある。そういう日本のものいつもどこかに、なにかが、いる 心霊動画や異世界実況をスマホの小さな画面で見ることは、フィールドに行き、心霊スポットに突撃するよりずっと安全だ。だが、この世界自体が、

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