フィールドプラス no.26
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中国自治区広東省香港タイベトナムマレーシアインドネシアフィリピンゴンタウをかけられたのだと悟る。男性やその周辺の人物が、その呪いの根源を探し求めるうちに、彼が東南アジアで犯した罪が明らかになる……。 映画だけではなく、過去の新聞を紐解いても、ゴンタウにまつわる怪奇事件が定期的に香港の紙面を賑わせていた。東南アジアへの渡航歴がある人物が香港で不可解な自殺や自傷事件を起こすと、ゴンタウのせいではないかと■されるのだ。映画でも新聞の実際の報道でも、渡航先はタイやマレー半島が最も多かったが、ベトナムやボルネオなど東南アジアの他地域も含まれている。 このようなメディアにおける描写を通じて、東南アジアは強い「呪い」をもつ場所としてイメージされているようだった。しかし、なぜそもそも東南アジアに対してこのような恐ろしいイメージがあるのだろうか。雲南省広西チワン族あったからこそ、上述の映画などにみられるような、香港人が東南アジアに渡航してトラブルに遭うプロットがリアリティを持ち得たのだろう。 またゴンタウは、蠱毒と同様に外来のものであり、風水など道教の術とは区別されたものとして想像されている。映画の中には、冒頭にゴンタウについての解説を入れ、実際の東南アジアの民俗に取材したことを示唆したり、呪いが使用されるシーンにテロップを挿入したりするなど、ドキュメンタリーを模した演出も見られる。実際に描写される呪術には荒唐無稽なものも多いが、産褥死した女性の顎から採取する媚薬「プラーイ油」や、早逝した乳幼児を供養し利益を得る「クマーントーン」など、実在するタイの民俗から発想を得たと思われるものもある。また、キョンシー映画で活躍する道士や風水師など、中国社会内部の伝統的な呪術師は、ゴンタウ映画では脇役である。彼らは登場したとしても大抵はゴンタウ使いの圧倒的な力の前になす術もなく敗れるのみであり、ゴンタウが中国の伝統的呪術の力の及ばない、外来の強大な力であることを演出するための負け役である。 地理的に近く、交流も盛んなものの、中華世界とは全く異なる文化を持つ「近くて遠い」東南アジアへの香港の人々の想像力がゴンタウという呪いのイメージを生み出したのだろう。郊外の山中にあるタイ寺院の看板。タイから輸入したお守りを売る専門店。ゲームやDVDなどを売る店舗が多く入る雑居ビルの一角にあった。ホラー小説には、タイ由来の呪物を購入したことがきっかけで起こるトラブルを扱ったエピソードが複数登場し、クライマックスは道士である「おじいちゃん」と、ライバルであるゴンタウ師との呪術バトルである。またマレーシアで修行をした「ゴンタウ師」が香港のショッピングモール内に相談所を開き、呪いの依頼を受ける『ゴンタウ師の日常』(降頭師之日常)という小説もある。どちらも日本のアニメやマンガの影響も感じさせるポップな作品でありながら、ゴンタウや東南アジアのモチーフを巧みに取り入れている。こうした通俗文学は、伝統的な書き言葉である標準中国語ではなく、口語である広東語で書かれる読み物として若者に人気のジャンルである。ネット上の媒体を中心に発表され、人気作は書籍化もされるほか、近年は専門の月刊誌も刊行されるなど注目を集めている。そうした広東語文学を好む若者たちにとっても、ゴンタウは身近にある力として想像されているのだろう。 人と人とが関わる時、そこにはさまざまな疑念や■藤が生まれる。相手が自分と異なる背景を持つ人であればなおさらだ。香港におけるゴンタウも、そんなありふれた感情と結びついたものなのだろう。そう考えれば、呪いとは、どこか遠い世界の特別な出来事などではなく、思ったよりもすぐそばにあるものなのかもしれない。 ゴンタウが登場する若者向けの読み物。口語である広東語で書かれている。15近くて遠い隣人 中国には、より古い歴史を持つ「蠱■毒■■」という呪いの伝承もある。これは苗■■■族など雲南や広西といった中国南部の少数民族の女性が使うとされたものだ。この呪いにまつわる物語は、たとえば広東の漢族の男性が旅先の広西の女性と恋に落ち、帰郷後に奇病を発して死亡するというようなもので、ゴンタウの物語とも非常に似かよっている。こうした蠱毒にまつわる伝承は、漢民族の居住地域が拡大し異民族との交流が盛んになるにつれて頻繁に語られるようになったという。 かつての中国の漢族にとっての南部の少数民族地域と同様に、香港にとっての東南アジアも、地理的に隣接し、交流の多い異郷であった。香港は東南アジア各地への華人の送り出しのハブでもあったため、東南アジア諸国に親戚を持つ香港人も珍しくない。また同様に東南アジアからの移住者も多い。近年増加するインドネシアやフィリピン出身のヘルパーもその一例であるが、小規模ながらタイ人やベトナム人のコミュニティも存在している。そもそも東南アジアとの交流が盛んで身近なものになる呪い そういったゴンタウとみなされる東南アジアの呪術的習慣は、ただおそれられているだけではない。特にタイはある種のパワースポットとして捉えられており、新型コロナウィルス感染症の流行以前はスピリチュアルなご利益を求める人に人気の旅行先であった。またブッダの姿を刻んだお守り「プラクルアン」(仏■)など、タイの呪物を販売する専門店が香港にもできている。 香港の書店の「通俗文学」のコーナーに並ぶ広東語小説にも、ゴンタウを取り上げたものがある。例えば『おじいちゃんの怪談』(阿公講鬼)という

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