フィールドプラス no.26
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8鉄中国貴州*写真はすべて筆者撮影。中国貴州省のミャオ族の村のある冬の日。 これは、東アジアの民族であるミャオ族のとある物語の一節である。現在では私が行く村には鍛冶屋はおらず、鉄製品は外から持ち込まれるのを、六日に一度立つ市で買うのが通常の入手手段であるが、この物語の中では鍛冶屋が登場し、刀を作るということになっている。この鍛冶屋は、ミャ『竜がもたらした水源』オ語ではqəAzanC-l̥oCという。qəAzanCとはいわゆる「職人、匠」を表す語で、l̥oCとは「鉄」を表す語である(語の最後についているABCは声調を表す。Aは下降調、Bは高平調、Cは上昇調で発音する)。ミャオ語では、修飾語は被修飾語の後ろに来るので、「鉄職人」ということになろう。村における日常においては、刃物だけを取り上げても、包丁、鎌、■から山刀までいくつかの鉄器が存在する。 まず、ミャオ族とミャオ語についてお話ししよう。ここでお話しするミャオ族とは、中国の揚子江の南側に居住する、ミャオ語系言語の話し手集団のことである(図1参照)。ミャオ語は、中国語とは系統的に異なる言語グループであるミャオ・ヤオ語族に所属する言語である。話者数は、他国へ移住した人たちも含めて、一千万人は下らないはずである。東南アジア諸国にも広く分布するが、この語族の故郷が現在の中国のどこかであることは間違いない。つまり、中国大陸発祥の原住民の言語のひとつである。ミャオ語(そして同系統のヤオ族が話すミエン語)は、何千年も中国語が支配的な世界の中で、独自の言語世界を保ってきた言語である。その結果、中国語とは異なった言語であるものの、中国語から多大な影響を受けてきたと考えられる。得るミャオ語tuCミエン語tuʔ7(貴州・開陽)l̥oC(広西・江底)ɬjeʔ7表1 「鉄」と「得る」貴陽市調査地田口善久 たぐち よしひさ / 千葉大学中国南部にミャオ族とヤオ族という少数民族がいる。本稿では、彼らの言語であるミャオ語とミエン語の「鉄」を表す語をとりあげて、その歴史の一端を垣間見る。そこからは、中国語との長くて密接な関係が浮かび上がる。鉄のお話 さて、次に鉄の話をしよう。鉄の精錬の歴史は、紀元前2000年期の初頭までさかのぼるようである。おそらくは、アナトリアでその技術は生まれ、そこから各地へと拡散していく。東アジアへは新疆を経由するルートで広がり、紀元前1000年期の初めには中国にも入ってきたと考えられる。ミャオ族が歴史上、鉄器をいつ手にしたのかはわからない。ただ、「鉄」を表す語(先のミャオ語ではl̥oC)は、中国語からの借用語だと考えられるから、鉄も中国語を話す人間集団からもらったのだろう。では、ミャオ・ヤオ語族における鉄を表す語を観察して、どんなことがわかるのか見てみよう。ミャオ族とミャオ語の「鉄」 …その竜は生まれ変わってコ・ヴレンのとある老人の息子となった。生まれ変わったその息子は十二歳になった。十二歳になると、その息子は村の鍛冶屋に三本の刀を作らせた。三本の刀ができると、彼の父親が市に出かけるとき息子は言った。「今日市に行ったら、ある鍛冶屋が三本の刀をもって来ます。大きいのも小さいのも要りません。大きくもなく小さくもないのを買って来てください。」その日になって、彼の父親が市に出かけると、果たして鍛冶屋が三本の刀を持ってやってきた。…ミャオ・ヤオ語族の鉄にまつわるお話

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