FIELD PLUS No.25
5/32

3FIELDPLUS 2021 01 no.25 「食」は、人々のくらしや嗜好、環境、経済、宗教、歴史などさまざまなものをうつしだす。さらに、外の文化圏からの影響もそこに加わり、人々が選択した結果として、「食文化」が形成される。 チベットの料理といえば、ツァンパ(麦こがし)やバター茶、インド・ネパール料理店でもおなじみのモモ、トゥクパ以外はあまり知られていないが、筆者は東北チベットの牧畜地域に通う中で、今まで食べたことのない料理に出会い、複雑な乳加工プロセスを目の当たりにし、食生活の変化に触れてきた。だが、これまで、チベットの食については、菜食などをのぞいてはあまり注目されてこなかった。その原因はおそらく、寒冷な気候のため、肉や乳製品、麦粉などに食材が限られており、料理のバラエティーが少ないという印象があること、そして、仏教文化への注視の一方で、日常生活に密着した食文化に関心が向けられてこなかったことが考えられる。しかし、地域的な多様性、食文化の形成過程や変化など、研究の余地は十分にある。今回は、チベットの時空を読み解く切り口として、「食」をテーマとし、古代、中近世のチベット語の文献調査を行う二名、現代の東北チベット(アムド)の牧畜地域の現地調査を行う二名で特集に取り組んだ。 古代、中近世のチベットの事例では、兵士や役人への糧食配給、写経職人への振舞いや、貴人のもてなしの食事が紹介される。食にまつわる記述は、仏教文献に比べればとても少ない。しかし、チベット文化圏における実際の食文化を参考にすることで、当時の人々の食事風景の輪郭がみえてくる。逆に、現在チベットでは一般的になっている料理が文献にはみられないという指摘もなされる。 現代の東北チベットについては、乳文化の体系の形成を、近隣の牧畜文化圏からの影響と冷涼な生態環境の関係から解き明かす。そして、その乳加工体系や、牧畜社会をとりまく環境の変化が、彼らの食生活にも大きく関わってきていることが示される。 時代と場所が変われば「食」も変わる。しかし、変わらない「食」もある。そんなことを念頭に置きながら読み進めていただきたい。責任編集 海老原志穂本特集は、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同利用・共同研究課題「“人間―家畜―環境をめぐるミクロ連環系の科学”の構築~青海チベットにおける牧畜語彙収集からのアプローチ」、「青海チベット牧畜民の伝統文化とその変容~ドキュメンタリー言語学の手法に基づいて~」(いずれも代表:星泉)と、その後継のプロジェクトである「チベット・ヒマラヤ牧畜文化論の構築―民俗語彙の体系的比較にもとづいて―」(代表:海老原志穂)の成果の一部である。ミーラーンマザールターグラサセラ寺タクテン・プンツォクリン寺中央チベット冬営地にあるヤクの柵の前に立つ女の子(筆者撮影)。ラダックザンスカール3FIELDPLUS 2021 01 no.25東北チベット(アムド)

元のページ  ../index.html#5

このブックを見る