21FIELDPLUS 2021 01 no.25 出雲空港から調査地までは車なら1時間もかからないが、車の運転ができない私は、空港からバスと電車を乗り継いで向かう(親切な方が車で空港まで迎えに来てくださることもあるが)。空港から調査地まで待ち時間も含めて約3時間。途中、JR山陰本線の宍道駅から木次線に乗り換え、そこから60分ほどで、調査地最寄の出雲八代駅に到着である。「偶然の出会い」その1~人との出会い~ 初めて奥出雲の方言を調査したのは、大学院生だった2012年3月であるが、その時に、非常に幸運な出会いに恵まれた。 それは、2泊3日の調査の最終日の朝、宿泊施設のチェックアウトをしていた時のことである。受付の奥にいらっしゃった施設の責任者の方が、私に対して「何をしに奥出雲に来たのか?」と尋ねてこられた(若い男が一人で連泊というのが珍しかったのだろうか)。正直に「方言調査をしに来たのです」と答えた私に、その方は、「ならば、私の母を紹介してあげよう」とおっしゃった。 聞けば、その方のお母様は大正最後のお生まれで、地元にずっと住んでいらっしゃるという。以来、そのおばあさんには、何度も何度も調査にご協力いただき、たくさんのことを教えていただいている。「偶然の出会い」その2~不思議な発音との出会い~ 初めて出雲に行ってから8年が経った今、出雲方言の音声や文法など、あらゆることを明らかにしようと調査を進めている。最近は、他大学の先生方とチームで調査を行うこともある。 ある時、奥出雲での調査を終えて移動する車中で、一緒に調査をした先生が「これまでに出会ったことのない不思議な音と出会った」とおっしゃった。その先生によれば、動詞活用の調査をしていたときに、「雨が降る」の「降る」が「ファー」と発音されるのを確認したという。「フル」を「ファー」という……この不思議な現象に、私は非常に興味を持ったが、一方で、動詞活用を含めた文法現象全体の調査をしていたからこそ、この形式に出会えたのだとも思った。音のことを1つ研究するにしても、その言語の全体像を把握することが大切だと思い知らされた出来事である。 また、名詞のアクセントの調査をしていた時、話者の方が「『薬』という単語は、この辺りでは『クソー』と言う」とおっしゃった。他の方言では聞いたことがない形に驚いたが,上述の奥出雲のおばあさんに確認すると、やはり「クソー」と言うという。 アクセント調査では、多くの場合、文字で書かれた単語や文を、協力者の方に読み上げていただく。文字で書かれているので、どうしても母音や子音が標準語のようになってしまうことがある。先述の「クソー」という形を教えてくださった方は、言葉に関する「勘」がとても鋭い方だったのだろう。以来、私は、アクセント調査の時にも、一々の単語の発音について慎重に確認するようになった。言語調査では当然のことなのだが、私自身にとってはとても大事な気づきであった。「クソー」は日本祖語の名残?? 出雲方言では、単語の途中で標準語の「リ」や「ル」に対応する音がしばしば脱落する(「踊り」は「オドー」など)。そして、『砂の器』の舞台となったことを記念する石碑。左:奥出雲町仁多での調査風景。本文中に出てくるおばあさんと筆者(調査協力者撮影)。下:出雲では御茶請けに漬物や煮物を出されることが多い。調査地の最寄駅である出雲八代駅。『砂の器』が初めて映画化された時は,「亀嵩駅」として撮影現場となった。*写真は特記以外すべて筆者撮影。
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