FIELD PLUS No.25
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10FIELDPLUS 2021 01 no.25はほとんど作られていなかった。したがって、牧畜民の食生活は、家畜からの生産物としては夏には乳製品、冬には肉(写真2)、そして、交易で得られる大麦、小麦を一年を通して食すことになる。夏の一時期にイラクサや野ネギ、キノコ、野生イチゴなどを利用することをのぞけば、基本的には上記の食生活のパターンが続けられてきた。東北チベットでは「夏の肉 冬のヨーグルト」ということわざがある。これは、「夏の肉」、「冬のヨーグルト」がそれぞれの季節には得がたいものであることから、貴重なもののたとえとして使われてきた。ところが、そのことわざが使用される環境も変化しつつある。食料品摂取量の計量調査 上記のような食生活について、実際に東北チベット牧畜民の伝統的食生活 チベット高原の夏は短い。5月頃から萌え出した草の芽は、6, 7月には葉を青々とさせ、白、黄、青、紫、ピンクなど色とりどりの花を咲かせる。8月の中頃には草原が徐々に黄色味を帯びはじめる。夏の間、ヤクは日中に草を思いきり食べ、それに比例してたくさんのミルクを出し、肉づきもよくなる。そのため、バターやチーズ、ヨーグルトなどの加工は主に夏に行われ、それらが食されてきた。そして、晩秋には肥え太ったヤクの畜が行われる。解体後の肉と内臓は部位ごとにまとめられ、大部分は外気で凍らせ、住居の脇にあるヤク糞でつくられた貯蔵庫に入れて保存し(写真1)、一部は干し肉にして利用する。冬は逆に、草が枯れ食べ物も乏しくなるため、ヤクの泌乳量は減り、牧畜民は主に貯蔵された肉を食べて過ごしてきた。そのような牧畜民の伝統的な食生活では、夏は畜しないため肉は手に入りにくく、冬はヤクの泌乳量が少ないので乳製品、特にヨーグルトチベット牧畜民の食料摂取量をはかり、夏と冬の季節的変化の調査、そして、ラダックなどのチベット圏の他地域や同じく牧畜地域であるモンゴルとの比較のため、牧畜民家庭2世帯において食料摂取の計量調査を平田昌弘氏(8~9頁参照)らとともに行った。食料摂取量の計量調査とは、チベット牧畜民世帯に数日間滞在し、調理に用いた品目と量、食事の摂取量を実測する調査方法である。調理中の各プロセスで肉やバター、ツァンパ、小麦などをそれぞれ何グラム用いたか、できあがった食事を世帯構成員にどれくらい取り分けたか、そして、各人がどれくらい口にしたかを実測し、摂取したカロリー、タンパク質、炭水化物、灰分をデータに基づき算出するものである。これを各世帯3日間ずつ行った。お世話になった牧畜民家庭の方々は最初こそ慣れない感じではあったが、次第に「これもはかる?」と先回りして聞いてくれるなど、計量への協力が得られた(写真3)。 まず初めに2018年の冬に、そして2019年夏に調査を行った。その結果はどうであったかというと、実は、予測とは異なり、夏と冬で大きな差のない数字が出たのであった。夏の食生活の変化 調査で訪れた1軒目の牧畜民家庭D家には2019年夏に2週間滞在した。煮出したお茶に生乳を加えた乳茶は1日数回、チーズとバターを入れたツァンパは毎朝のよう東北チベットの夏の放牧地に行けば毎日ヨーグルト三昧のはず。そんな甘い期待は2019年の調査では大きく裏切られた。食生活の変化を目の当たりにして、近年の牧畜民をとりまく環境の激変を痛感した。海老原志穂 えびはら しほ / 日本学術振興会特別研究員(AA研)、AA研共同研究員ヨーグルトの消えゆく夏写真3 食材の量をはかる平田氏(右)。写真1 解体したヤクの肉を一晩外気で凍らせ、貯蔵庫に詰めるところ。写真2 冬によく食べられる料理、ソルク(イラクサまたは大麦、ひき肉の包み蒸し)。*写真はすべて筆者撮影。

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